『徒然草』を読んでいたら、突然、二つの光景が目に浮かんだ。
ひとつは、折り畳み式の円形のちゃぶ台で正座し、食事をするわたしとわたしの両親、祖母、姉の姿である。
家族の姿があったのである。
仕事に追われていた父親の姿があったので、この日は非番であったのだろう。
母と祖母が腕によりをかけて、父親の大好物の肉じゃがをつくったのか、不機嫌そうなわたしがいた。
それでも、いただきますから始まって、ごちそうさまでしたに終わる夕食は楽しいものである。
あああ、いい時代はわたしにもあったんだが、書き残すほどのものではないかと苦笑したら、
もうひとつの光景、調布市の甲州街道沿いの沿道で、大声で「寺沢がんばれ、君原がんばれ、円谷がんばれ」と叫ぶ自分に行きあたった。1968年のオリンピックの思い出に心が動いたのである。
当時、高校2年生であったわたしは、スポーツ見るのは大好き人間であった。見たい競技は、陸上競技、バスケット、サッカー。このチケットを入手するのは、申し込んで抽選に勝たなければ手に入らない。
結局、くじ運のなさで手に入らなかった。
学校側はなんとかオリンピックを生徒に見せてやりたったのだろう。
学校に近い場所でマラソンを見学させるようにしたのである。
まず、ローマ五輪の覇者、アベベがわたしの目の前をよぎった。
「アベベ、がんばれ」
そして、日本人ランナーが上位で駆け抜ける。
折り返し点直前で見ていたので、折り返してきたアベベ、日本選手を2度見たことになる。
円谷は国立競技場のトラックでイギリスのヒートリーに抜かれたが、銅メダルを獲得した。
円谷はメキシコ五輪の年に自殺した。君原は銀メダルを獲得した。
昭和の人間はさまざまな生き方をし、己に忠実でありたいと生きてきた。
2020年は元気であれば、陸上競技場とサッカー場に足を運びたいものである。