すでに大掃除は済ませ、おせち料理も買った。

 正月の準備を早めに済ませたので、やることが思いつかない。

 そこで、少し考えてみた。

 もう何十年も前から年末に1年の反省はしたことがない。

 つまり、元旦に1年の計を考えたこともないため、反省することもないのである。

 中学のころまでは、勉強頑張ろう、数学はとくにと考えていた。

 しかし、毎年1年の計を実現したことがないので、考えることの無駄を感じてしまったのである。

 年末にこういう状態にあるのは空虚である。

 反省の対象がないとさびしいのかもしれない。

 昭和の風景は東京でも数少なくなっている。

 現代は過去を消滅させながら進歩と言う道を歩き続ける。

 それは親の代を引き継ぐと言うよりは、親の代を否定しさると言うことである。

 江戸、明治からの名園は東京には残っているがこれは管理体制が時代に耐えられるようにつくられているからであろう。

 計画も消え去り、建物なども消え去る。

 それでも思いを込めた計画は必要なのかもしれない。

 退屈の年末よりは計画がうまくいったならば、自己満足を感じることができるし、実現できていなければなぜかと自問できる。

 つれづれなるままに仏道に入りたいとは思わないので、せめて、1年の計を来年には持とうと考えた。