本書は2008年6月17日にワイド版岩波文庫298として刊行された。

 漱石は1910(明治43)年6月18日、胃潰瘍のため長与胃腸病院に入院、7月31日に退院し、8月6日長与病院長の勧めで修善寺に転地療養する。

 しかし病状が悪化し、「修善寺大患」と後に言われる大吐血を8月24日に味わうことになる。

 10月10日に帰京し、そのまま長与病院に入院し新年を病床で迎えることになる。

 その大患の前後の模様を書き記したのが本書であるから、入院中に書いたのであろう。


 弱った漱石が、弱りながらも目に映じることをあれこれと文章にしたことに、わたしは恐れ入った。

 生きながらえた自分がいる反面、長与病院長の死を知ったり、死と対面したドストエフスキーの心持をおもんぱかったり、画の中にある自然に思いをはせたり、社会学のダイナミック論じたり、見舞客や妻を有難がったり迷惑がったり、3人の娘たちの見舞う状況など、生き抜いた者としての漱石の面目躍如を思うしかない。

 ただ、鏡子夫人、親族、医師、看護師、友人知人など漱石の身近にいた人のご苦労を察して余りある。

 漱石はこの後の余勢を『行人』『私の個人主義』『明暗』などに注ぐ。

 すごい日本人であったと改めて思うしだいである。