今日の昼ごはんは大好きな友人と一緒した。わたしの街の名店そば屋さんである。

 普通なら、その店のお奨めを食べるのだが、わたしは友人にわたしの原点を知ってもらいたかったので「卵とじそば」を頼んだ。

 友人は休日出勤、わたしは自由人。

 で、久保田の千寿を飲んだ。

 おそば屋さんで、日本酒を飲むは、池波正太郎さんから学んだわけではない。仕事でお付き合いさせていただいた、汽車製造の役員で鉄道友の会の副会長であった高田さんに教えていただいた。

 「アンクルさん、わたしは鉄道友の会の理事会に出席するときに、夕食を摂ってから参加します。ざるそばと熱燗一合。たまらないです」

 その言葉を、いまようやく実践できるようになっているわけである。

 ところが卵とじそばと熱燗一合を頼んだのは友人に、

 「えっ、卵とじそば、珍しいですね」

 と言わせるためである。

 「思い出があってねえ」

 「ぼくは、おばあちゃん子だったんだよ。母親は働いていたので、小学生を終わるまではずっとおばあちゃんについて回っていた。食事や外出はおばあちゃんと一緒だった。4歳のときから、渋谷への買い物、お墓参りはおばあちゃんと一緒。外出のお昼はおそば屋さん。注文はおばあちゃんをまねて、卵とじそば」

 それ以外を頼んだことはない。

 母親に、わたしが中学生の時に言ったことがある。

 「あんたは産みの親、おばあちゃんは育ての親」

 母はショックだっただろう。