本書は1987年10月10日に2冊同時に文春文庫から刊行された。
藤沢周平さんは1997年1月26日にお亡くなりになっているので、10年前の作品になる。しかし、『海鳴り』は1984年に単行本として出版されているので、10年前というのは間違いかもしれない。
3年後に文庫になるは、この時期から本の寿命を延ばすための出版社の戦略であったのであろう。
藤沢さんの作品は、映画、テレビに登場する。さわやかな剣客、その剣客を慕う美人と藤沢作品を彩る工夫が随所にちりばめられている。
『海鳴り』は、2008年劇団民藝によって上演されている。
見逃したのは残念である。
本書のテーマは不倫である。
中堅の紙問屋の経営者である新兵衛46歳と同じ紙問屋仲間の丸子屋の女房おこうがある事件をきっかけに、深く愛しあうようになる。
自らの遊びで女房から冷たくされ、二十歳を超えてもなお岡場所に出入りする息子と家庭の冷ややかに居場所を見つけられない新兵衛。
一方のおこうも亭主の冷たさに打ちのめされていた。
紙問屋の寄り合いでおこうは酔いつぶれ、帰路職人たちにちょっかいを出される。通りかかった新兵衛がこれを助け、水茶屋に連れ込む。
この事件の発端が、倒産しかかっている紙問屋からの脅迫に発展し、二人を結び付けていく。
おこうは、新兵衛に「駆け落ちをしましょう」と言う。
このとき、新兵衛にも、おこうにもお互いを必要とする覚悟ができていた。
藤沢さんは新兵衛とおこうの心と肉体の触れ合いを見事な筆遣いで描いている。
人間は今が一番重要である。
今、愛する人がいるのならば、その人とともに生きることを、藤沢さんは強く思ってくれているのかもしれない。
わたしは、藤沢さんの『山桜』が好きである。
男と女の出会いと結びつきは、運命で決められているのであることを。