原著者は、サラ・モスとアレクサンダー・バデノックで、訳者が堤理華である。
本書は原書房からお菓子の図書館の一冊として2013年1月29日に発行された。
著者も訳者も、チョコレートの専門家ではないので、専門分野における深みには欠けるが、面白い本に仕上がったのではないか。
本書の構成とその解説内容は以下のとおりである。
第1章 チョコレートの誕生
チョコレートの木とはテオブロマ・カカオで、赤道から20度以内、標高300メートル以下のとこでしか育たない。
カカオと人類との出合いは西暦250年頃のことで、マヤ人(メキシコ、グアテマラ、ホンジュラスなどに展開)が実を貨幣として使ったり、飲用していた。
カカオの実を採集すると、採集地でまず醗酵と乾燥をさせる。その実を集落まで運搬し、女性がカカオの実を割り、中にあるカカオ豆を取り出す。その豆を炒り、道具を使ってすりつぶす。
トウモロコシ粉のペーストに香料を加えたものにすりつぶしたカカオを入れ撹拌する。
出来上がったカカオ・ペーストを薄めて、暖めたり、冷やしたりして飲むのである。
カカオ豆とヨーロッパ人との出合いは、1502年8月15日であると記録されている。貨幣としてマヤ人が利用していることを知ったのである。
1519年アステカ族に遭遇したスペイン人は2年後アステカ文明を滅亡に追いやる。この前後からスペイン人はチョコレートと出合い、飲用の文化を取り入れていったのである。
カトリックの教えを現地で拡大しようと多くの宣教師が出向く。説教のとき現地の女性が自宅からチョコレート飲料を持参し飲む。これを禁止した宣教師に抗議し、寄付を止めたり、ミサに参加しなくなったりした。
第2章 ヨーロッパ上陸
16世紀後半にスペイン人はこのチョコレート飲用文化を本国に持ち帰る。王家、貴族、僧侶に限って、この文化が普及していく。スペインからイタリア、イギリス、フランス、オランダ、ベルギー、スイスなどヨーロッパ諸国に普及していった。
イギリスでは、18世紀初めに、チョコレートを使うレシピが誕生してくる。飲用だけだったものから食べ物になってくるのである。
第3章 チョコレートビジネス
19世紀になり、帝国主義が世界を席巻すると、カカオの栽培も中南米だけでなく、西アフリカにも波及する。
つまり生産地をヨーロッパにより近いところに確保し、消費地に近づけたのである。
カカオ豆をすりつぶす圧搾機の開発など加工工程の機械化が進むとともに、イギリスのJ・S・フライ&サンズ社が圧搾したカカオペーストにカカオバターを混ぜ、固形チョコレートをつくる方法を考案した。
これを現在のミルクチョコレートの元祖にあたる品質にまで高めたのが1879年スイスのダニエル・ペーターで、粉ミルクとチョコレートを合わせる方法を成功させた。
数々の口融けのよい固形チョコレートの開発に成功し、大量生産の方式に乗せることによってチョコレートビジネスは花開いて行ったのである。
チョコレート会社のユニークなパッケージデザインを紹介し、当時のターゲットをどこに置いていたのかがわかるのはおもしろい。
第4章 永遠の魅惑
第二次世界大戦の前後にチョコレート生産はほぼ完成した。
著者が問題にしているのはカカオ生産地の労働環境条件である。
低賃金、長時間労働を、女性、児童に強制している生産地がいまだあるので、チョコレート会社はしなければならないことがあるのではないかということである。
幸せを、夢を与えるチョコレート作りに携わる人間には幸せを感じ、夢を持つべきだと考える著者の考え方はいい。
チョコレートの文化をつくってきたのは、帝国主義であり、絶対王政であった。この事実を認識したうえでチョコレートは食べなければならない。ココアとチョコレートが大好きなわたしとしたら、この文化を継続してくれた多くの人々に感謝したい。