わたしは図書館で手に入る一般向け日本野鳥の会のフリーペイパーの季刊誌『Toriino(トリーノ)』のファンである。
これは柳生博さんが第5代公益法人日本野鳥の会の会長に就任してから発行し続けていると、わたしは思っている。
このフリーペイパーはビジュアルフリーマガジンと銘打っているだけに著名な4人の写真家に担当させている。
作家であり、写真家である藤原新也さんは、わたしが見てから、ずっと登場していてくれている。
書に行ってみたり、藤原さんはこのページを見ていても始終揺れ動いているようである。
わたしは、『印度放浪』『全東洋街道』以来からの藤原ファンである。
旅先で踊り子に関心を持った藤原さんは、その踊り子の出身地まで行ってしまうとか、インドでは河原にある死体を野犬が食い漁っている姿を見て自由を語るとか、山梨県のとある町を訪れたとき松田聖子の歌声を聴いて感じたことを書いていたとか、さまざまな印象をわたしに残してくれている。
つまり、わたしの想いの中に、いつもとどまり続けてくれている言葉を残しているのである。
『Toriino』vol.27で藤原さんは、また印象を色濃くしてくれた。
彩の章、憶の章に続く流の章が藤原さんの登場ページなのであるが、東京湾での散骨が今回のテーマであった。
藤原さんの大学時代かそれ以後の友人のお姉さんからの依頼の手紙が届いたのは、10年前。
その手紙は、自分の死後へのお願いであったそうな。
「私が死にましたら、散骨をお願いできませんでしょうか」
都内に住んでいたその方は、藤原さんの作品を愛読しており、藤原さんが都内在住であることを知り、手紙を出したのであろう。
わたしは、この願いを受け止め、その願いをかなえた人間藤原さんの心の豊かさにうたれた。
そして、わたしは人間、藤原新也さんが好きなのだと改めて感じている。