本書はワイド版岩波文庫284として2007年5月16日に刊行された。

 『門』は漱石作品の中で、わたしが大好きなものであった。

 崖下の家で宗助、御米夫婦はお手伝いの清と3人で暮らしている。

 宗助の弟、小六は叔父佐伯と宗助が約束していた大学卒業までの世話をできないと言い始め、佐伯は挙句、病死してしまう。

 坂井の家の門(崖の上に建つ大家の坂井の自宅前門)、宗助は二人で門の前に佇んでいる時(大学の友人、安井が京都で御米と暮らしていた家の門)、寺らしい門を高く構えた(参禅に訪れた円覚寺の院や庵の門)と3か所に門が書かれていた。

 門の書名は、小宮豊隆がつけたらしいが、漱石は書名どおりには書けないとぼやいたそうな。

 門は入り口であり、入れば出口になる。

 本来は円覚寺の山門をイメージしたのではないかと思う。

 しかし、宗助は公案「父母未生以前本来の面目は何」を考えるが、結局老師に「その位の事は少し学問をしたものなら誰でもいえる」と切って捨てられる。

 宗助が円覚寺に逃げ出したのは、坂井の家に弟が蒙古から戻り、そのとき安井も一緒に来ると、坂井から告げられたからである。

 宗助は大学2年のときに、安井が同棲し始めた御米を、安井から奪い、一緒になり、親からは絶縁され、安井とはそれ以来音信不通となっていた。

 ひっそり生きる宗助、御米夫婦はよく話、仲がいい。しかしお互い世間の常識に反して結びついた弱みがある。

 宗助は問題を先送る。これは宗助の個性である。

 この夫婦にも、給料が5円上がる、小六が坂井の書生になるなど事態は明るくなる。

 それにしても、『門』は大学時代には、文章の難読に悩むことも、宗助の個性に疑問を呈することもなく、ひたすら円覚寺の参禅で宗助が悟りを得ることを望んだ。

 長く生きると、宗助を嫌いになり、御米が立ち現われ印象を強くする。