谷中銀座を後にして、地下鉄千駄木駅を見て、団子坂に向かう。
団子坂を上りきると、左手に何とも不思議な形の建物が迎えてくれた。文京区立森鷗外記念館である。鷗外の住居として有名な観潮楼が現代、そして未来に生きるのである。入館料500円。
地下が展示場である。鷗外の年齢別にその足跡を展示してある。
長いのぼりにその年齢の代表的事項を書きつけ展示してあったが、この展示の必要性はないし、ゴテゴテ展示の典型に思えた。
明治時代の銀座、京橋、新橋などの写真は明治にタイムスリップさせてくれた。
記念館にはティールームがあり、わたしは紅茶をいただいた。
小さな庭が見え、感じのいい女性の店長ともどもまた来たいと思った。
団子坂には、歩道はあるが車道と高さが同じ。歩道に守られているいる安心感はない。
青鞜発祥の地には、銅板に文字が刻まれていた。
平塚雷鳥の友人であり、青鞜の同人になる物集和子の家が青鞜の事務所になったのである。
「元来女性は太陽であった、知ってる。ここは記念すべき場所なんだよ」
「えー、何ですかそれは」
連れは全くピンときていない。明治は遠くになりである。
最後の目的地、夏目漱石の『吾輩は猫である』の舞台になった後を探す。最後に至ってわたしの方向音痴がまた活発に動き出した。
みかねた連れが、宅配所に入って聞く。わざわざそこのご夫婦は道路に出てきてくれた。指をさし示して、交代に説明してくれる。
理解したわれわれは歩き始めたが、見当たらない。
この辺で、また聞く。自転車に乗った初老の婦人である。
わざわざ方向をちがえてくれて案内してくれる。
あのブロンズの猫が上から迎えてくれた。
川端康成が揮毫した石版が堂々と立ち祈念写真を撮るには格好の場所になっていた。午後5時を過ぎ、地下鉄根津駅に向かう。
総ケヤキ造りのはん亭が趣あるつくりの建物で迎えてくれた。歯切れのいい口調で若い女性がてきぱきとメニューを説明してくれる。思わず「熱燗2合で」と歯切れよく注文し、連れが非難のまなざしを送った。
たれは、3種類。海苔の佃煮、岩塩、そーす。
生野菜は大根と人参のステッキ、キャベツ。
会話が途切れた。
旅の話はないのである。
相手によって、コースは変えようと考えた。