5月31日は晴れ、しかも湿気は低い。

 行楽日和の典型のような一日であった。

 散歩はしばしば方向を間違える。

 JR鶯谷に着き、午前11時に散歩をスタートさせた。

 帽子を持って行ったが、わたしはかぶるのをやめた。

 鶯谷北口に出て、子規庵に向かう。

 歩いて5分ぐらいで着くはずの子規庵にたどり着いたのは20分立ったころである。近くのおばさまが丁寧に教えてくれた。わからなければ訊ねるが、知人と散歩するときの私の流儀である。

 戦後、正岡子規の臨終までを看取った家を往時の形に再建したした。東京都指定史跡になっている。

 病床にありながら子規は多様な能力を花開かせた。八畳間には高濱虚子、中村不折(子規庵の向かいに書道博物館がある)、河東碧梧桐、夏目漱石、森鴎外など文人墨客が集ったところに子規の文人としての能力と人間性が奥深い魅力を秘めていたのであろう。

 庭も拝見でき、明治のころの新しい文芸に向かおうとする息吹が感じられた。入館料500円。維持費に充てられる。庭に下りたいと言ったのは知人で、板で作られた日本住居や蚊取り線香がたかれている緑多い庭を楽しんだ。

 1時間ほどいたので、昼飯にする。谷根千に行ってからと考えていたが、鶯谷駅に戻れば豆富料理の笹乃雪がある。

 せっかく、鶯谷まできたので、知人を案内することにする。

 今日は平日なので、さすがにお客さんは少ない。

 椅子席を希望しかなえてもらう。

 朝顔御膳を頼む。

 白酢あえ、冷奴、あんかけ豆富、胡麻豆腐(自家製柚子味噌)、絹揚、雲水(湯葉巻き 豆乳蒸し)、うずみ豆富(お茶漬け)、豆富アイスクリームと豆富づくし。

 うまいのである。バラエティーに富んでいるのである。

 「お豆腐って、好きなんですけど、こんなにおいしいお豆腐ははじめて」連れはうれしそうに話しながら、箸も止まることはなかった。

 わたしは、本当は昼酒を聞し召したかったが、連れは下戸。

 豆富(笹乃雪さんはこの字をあてる)にのみ集中して食べたので、わたしも豆富のうまさに感動すら覚えた。

 正岡子規は美食家である。豆富の味を徒歩3分で楽しみに来ていたのである。さらに彼は自宅でも3色、鰻やら果物やらおいしいものを母親と妹さんに作らせていたようである。

 さあ、谷根千へ。

 日暮里駅の手前、羽二重団子を左に曲がり芋坂を少し上る。

 羽二重団子を子規は食べていたとここにも子規の名前は出ていた。

 子規死して、美食の名をいまも残す。不思議な男である。

 後、2回はこの項を続けたい。