本書は岩波書店から2013年1月16日に岩波現代文庫として発行された。
著者の網野さんも宮本さんも現生にはいない。網野さんは新しい歴史学を我々に提示してくれた人であり、宮本さんは柳田民俗学を超えた人である。
お二人の接点は渋沢敬三さんが始めた日本常民文化研究所に同時期所属していたことぐらいで、親しく付き合ったことはない。
わたしは、網野歴史学のファンで、『蒙古襲来』小学館から始まり、『異形の王権』平凡社、『無縁、公界、楽』平凡社、『日本社会の歴史 上中下』岩波書店、『日本とは何か 日本の歴史』講談社、『古文書返却の旅』中央公論社などを読んできた。
網野さんの甥にあたる中沢新一さんの『僕の叔父さん』まで読んでしまった。
本書は、神奈川大学短期大学の教授を務められていた時に短大という教えることが難しいと感じていた網野さんがゼミのテーマとして選んだのが『忘れられた日本人』であったそうな。
わたしも同署を読んだが、宮本さんの人から話を聞く姿勢に圧倒させられた記憶と、とにもかくにも、民俗を採集する熱意に惚れてしまった。
そのお二人が一冊の本で理解し合う様にまったくのところ言葉を失っている。
本書は、第一講 宮本常一との出会い 第二講 女の「世間」 第三講 東日本と西日本 第四講 「百姓」とは何か から成っている。
宮本さんの本は網野歴史学を実証するためには最適な内容であったに違いない。
我々が学び、いまも学んでいる歴史は百姓とは田畑を耕し、年貢、税金を納める人であると教えている。また、歴史に出てくる庶民は男ばかりで老人、女性、子供、遍歴民は一部を除いて皆無である。
宮本さんは民俗学からの視点で、この常識を覆した。日本全国を回り、老人、女性から話を聞きとり、文書化したのである。
つまり、忘れられた日本人とは老人、女性、子供、遍歴民であるのだが、その人たちの話から、まさに歴史はいずれ編纂されるであろうと考えて、宮本さんは生きていたのである。
網野さんは古代から中世にかけての遍歴民を研究し、見事に甦らせてきた。また、百姓は農業だけやっているのではなく、船乗りにもなり、商人にも工芸人にもなっていたと論証した。
百姓の女性は織物の担い手であり、亭主にお金を貸すぐらい、職業的にも経済的にも自立していた人間であると実証している。
宮本民俗学にも、たぶん網野歴史学にも取れえていないことがある。お二人の仕事を継ぐべき若手はいる。楽しみである。