「いやー映画っていいですねえ、ほんとにいいですねえ」とは淀川長治さんの言葉である。

 淀川さんはどちらかと言えば、洋画である。

 わたしは邦画にここ数年は見るべきものがなかったような気がする。

 しかし、日本映画界は作ってくれたのである。

 『舟を編む』を。

原作者は三浦しおんさん。

 脚本を渡辺謙作さんが書き、石井裕也監督が創りきった。


 ストーリーは大手出版社の辞典編集部を舞台にした編集部員と監修者、その主たる人間を支える人々の15年間にわたる人間劇である。ゆえに登場する人間に魅力がなければ物語にならない。


 辞典編集部の責任者である荒木公平(小林薫)は定年後は病弱な妻に寄り添おうと退職を決意する。しかし荒木の能力を高く評価し、新辞典企画には荒木が必要と考えている辞典編集部の顧問であり、言語学の泰斗、松本朋祐(加藤剛)は不安を言葉に出す。荒木は自分に代わる人間を社内から探し出そうとする。辞典編集部の西岡正志(オダギリジョー)が探し出してきた営業の馬締光也(松田龍平)に、「右」の辞典的な答えを問うて、営業から辞典編集部への異動を決定する。


 早速、松本を中心に荒木、西岡、馬締、契約社員、佐々木愛(伊佐山ひろ子)で、新辞典『大渡海』の企画会議を開く。冒頭、松本は、

「大渡海は見出し語24万、新しい言葉も積極的に採り入れたいまを生きる人たちに向けた辞典を目指します。人は辞書という舟でその言葉の海を渡ります。それは自分の気持ちを的確に表す言葉を探し、だれかとつながるためです。この広大な言葉の海を渡りたいと思う人たちに捧げる辞書が『大渡海』なのです」

 深い感銘を受けた馬締(まじめ)はこの辞書作りに携わることを決意する。

 辞書作りは、用例採集(言葉集め)、見出し語選定、語釈執筆、レイアウト、校正(5回校正する)徒ステップを踏んでいく。語釈執筆は編集部で担当したり、外部執筆者に依頼、原稿回収したりする。

 15年間の前半には、下宿先で馬締が、下宿経営者タケ(渡辺美佐子)の孫娘、林香具也(宮崎あおい)に出会い、恋してしまう話とか、西岡が宣伝部に異動したり、西岡が同じ会社の女性、三好麗美(池脇千鶴)と同棲中だったが、酔っぱらった挙句プロポーズしてしまい、「ダサい」の語釈を執筆する。

 後半には、雑誌編集部から黒木華(岸辺みどり)が辞典編集部に異動してくる。西岡は辞典編集部を訪れたとき、電話で子供と話をしている。刊行まであとわずかなところで、松本はガンで命を落とす。長年連れ添ってきた妻の千恵(八千草薫)が『大渡海』出版記念パーティの席で、馬締に夫に成り代わりお礼を述べる。

 ラストシーンは、松本が好きであった房総の海を馬締が妻、香具也と眺めながら「これからもよろしくおねがいいたします」と言う。

 きちんと、妻とのコミュニケーションを取ろうとしてきた松本、馬締、西岡は決して一人で舟に乗ることはないと思った。

 原作、キャスト、スタッフと3拍子揃った日本映画であった。