今日は、武蔵村山市で成年後見制度の会議があった。

 電車とバスを乗り継いで、わたしも出席した。

 午後2時からの会議なので、わたしは早めに会場についた。

 午後2時からなのに、7人出席する会議に、出席者は3人。

 

 午後2時を数分過ぎたところで事務局は、あとの4人は遅れるとの連絡をもらっているとのことで、開会を宣言。

 事務局挨拶、出席者自己紹介が終わったところで、午後2時46分になった。

 「これから、黙とうをささげますのでご起立ください。」

 東日本大震災の丸2年目にあたる今日、黙とうの場にいることになったのである。

 

 あの日は市役所に勤務していたので、勤務中の地震遭遇であった。

 揺れの大きさといい、時間といい、今まで体験した地震とはまるで違っていた。

 恐怖心で自分がすくみ、どう行動するのかわからず、

 「机に下に潜り込んでください」

 の声に反応して、机の下に潜り込んだ。

 頭の中にはこの建物は耐震構造になっていない。補強工事もまだだ、の思いが頭をよぎった。

 何事もなく、初めの揺れが収まった。

 机からはい出し、茫然としていた。

 数分後にまた揺れた。

 わたしは迷わず、外に出た。

 市役所で知った顔が何人も外に避難していた。


 この日、自宅にいても余震が頻繁にあった。

 この世は終わるかもしれない、となぜか悟りきった自分がいた。


 いまや、自宅には3日間は自活できる水や食料を準備してある。

 死にたくないのである。生きたいのである。

 これはわたしの本能である。


 今日は黙とうで、亡くなった方々の菩提を弔ったが、生きている方々の重さまではわからない。

 復旧までに、10年はかかると思う。まだ2年というべきなのか。