夏目漱石のように、「智に働けば角が立つ。情に掉させば流される」のような時代を超えて残る、文学としても哲学としても含蓄のある考え方をことばにしようとしたわけではない。
わたしが好きな女性が、いろいろな理由から車の免許を取った。
すぐに、普通乗用車を購入し、いまでは日々の生活に活用しているようだ。
わたしは、クルマは凶器だと思っている。
だから、自分では所有していない。
それでも、母親を乗せて、伊豆、箱根、那須、酒田など国内は結構ドライブした。親孝行を自分が持っている唯一の資格で果たしたと言える。
運転するときの心構えは「あせらない、あわてない、おこらない」の三つを守れば、事故など起こされない起こさないと思っていた。これは自分の性格を考えた上での戒めであった。
おかげで、事故を起こさず、起されないでいまがある。
歩いていると、一時停止をしない、歩行者を見ていないクルマに、頻繁に出会う。
運転者は女性がほとんどである。
こういう経験をもつわたしは、好きな女性が車を運転することに不安がある。
この女性は、自転車を乗っている。しばしば転倒したりしていて、クルマを運転している50代の女性が、心配している。
今でも付き合いのある、夫と死別してひとり親で子供を育て上げた女性と、青信号が点滅を始めた横断歩道を渡ろうとしたときに、
「アンクルさん、わたしは渡らない」と言われた。
この時の体験はわたしの貴重なものになっている。
自分の命は自分だけのものではない。そんな属性を持つ人間には、信号を渡らない、クルマは運転しないの気持ちを持ってもらいたいと、
クルマが走る車道を見ながら考えてしまった。