昨年2月25日に、母は眠るように現生から旅立った。
わたしは喪に服することもせず、今日、1周忌の法要を行った。
午後1時の法要が始まるより前にお寺に着き、お墓参りをした。
墓はきれいに掃除してあり、花が供えられていた。
姉がもう来ていると思った。
母は、わたしの顔を見るたびに、
「ちゃんと食べているか」
「元気なんだろうね」
と、自分の老いとか、命とかにとらわれずに、ひたすら息子のわたしを気遣かってくれた。
母はわたしを生んでから、絶えることなく、母であり続けたのだ。
この1年、わたしを心配してくれる人間は姉しかいなくなった。
喪失感はさざ波のようにわたしの心をざわつかせてくれた。
それでも、生きられるなら、生き続けたい、それが母との約束のような気がしている。
読経が続く。「母さん、父さんと会えたか。またあの世で結婚してくれよ。じゃないと、姉貴も俺も居場所がない」
と、妙なお願いをしていた。