2000年3月25日に中公文庫から出版された澤田ふじ子さんの手になるエッセーである。

 澤田さんは、この本を長い繁栄のあとの閉塞にある日本の状況を憂えて、読者が考え直すヒントになるように書き下ろしたようである。

 まず、澤田さんは京都の知恵・歴史から学ぼうとした。そのモデルにしたのが、江戸時代の1700年代を生きた神沢杜口(かんざわ・とこう)。杜口は、40歳まで京都町奉行所の与力として働き、隠居となって毎日20キロの散歩を日課とし、『翁草』200巻を書き残した。

 澤田さんは翁草200巻を題材にしてこの本を書き上げたわけである。

 澤田さんの考えに近いと思ったのも題材にした大きな動機であったようである。


 わたしは書名に飛びついた。新しい側面から京都を見直す何かを求めていた。京都を訪ねたときの観光のヒントが欲しかったのである。


 京都を語る言葉に、

 「着倒れ」

 「馬の骨」

 「茶漬け」

 がある。

 この言葉を本書は導入に使う。

 「京の着倒れ」は、京都西陣の織元が当時、地方の織元が参入し、競争が激しくなってきたため、西陣織元が考えたセールストークであったそうな。京都と和服はよく似合うが、それは他国人がそう思ったのではなく、西陣織元が作り上げた言葉が、いつの間にか京都を語るときにわれわれが使っているのである。

 「どこの馬の骨」は、京都人が外来者に使う言葉である。タカピー言葉である。天皇と貴族による政治を奪い取ったのは、武士である。その武士が乗っていたのが馬。京都の人間からみて、武士は憎い存在。それゆえ「どこの馬の骨かわからない輩は」と使われたのであろう。

 「茶漬け(ぶぶ漬け)」は、飯時に訪ねた人間に京都の人間が言う言葉だと言われている。このとき、食べずに帰れば正解であるが、食べてしまうと陰で何を言われるかわからない。

 澤田さんは、この言葉に内在している歴史的意味とか、京都人自身がどう思っているか情報提供してくれている。


 3つの言葉には、奥深い京都の知恵が込められている。

 京都人と言わないのは、東京と同じで、地方から京都に定住した人が多い、都の特徴を踏まえているからである。


 筆者はあとがきで、京都人・神沢杜口が持っていたハングリー精神がいまの日本人には失われてしまっていると指摘している。