9日の日に高校のクラス会の打ち合わせをした。
午後6時に、男4人、女2人が集まった。
呼びかけた人間として、わたしは打ち合わせ会場を考えておいた。
年齢を考え、会場は手打ち蕎麦屋さん。
わたしの株がグーンと上がった。
打ち合わせ項目は、クラス会の会場と会費を決めること。
食べながらではあったが、順調に決まった。
東京駅かその近くでが会場の条件。地方からの参加者のためであ
る。心当たりのある幹事が案を出すことで決着。
会費は9千円。1万円でおつりがあるといいの意見で決まった。
用事が終わっても、別れがたいのが高校の仲間である。
二次会で喫茶店に行った。
その席で、幹事の任期を、わたしは問題にした。すると、日ごろ自
己主張をしない男性が。
「これから毎年クラス会をやろうということにしている。だったら毎年
幹事を決めるよりも、われわれが永久幹事でやった方が、継続でき
る」。この意見に全員が賛成した。
連絡が取れなくなった人間をどうするかの話になり、何とか連絡を
取ろうとの結論を導き出した。午後10時を回っていた。
そのうちの一人のゆくえを、わたしが担当することになった。
わたしたちの高校は、暇があれば、フォークダンスをしていた。
そのクライマックスは、体育祭が終わってからのナイト・フォークダ
ンス大会である。オクラホマミキサー、ジェンカ、マイム・マイムなどを
踊り続けるのである。
終了が午後8時なので、女子を近所に住む男子が送ることが習慣
になっていた。
一度送って行った女性の実家を訪ね、その女性の現在の住所を聞
けば分かるのではないか。
卒業アルバムに記載されていた住所を頼りに、今日の午後見て回
った。住所が古いなと思って出掛けた。
ここを左に曲がり、1分以内に着いたが記憶。ほぼ50年がたってい
る。クラス会のテーマが「高校入学50周年記念」である。その一帯を
40分も歩き回ったが、探している苗字の表札はない。
結局、探すことができなかった。
われわれの両親のほとんどは、いまはこの世にはいない人がほと
んどである。
歳月を感じながらの長い探索行は終わった。