箱根駅伝で2校、途中棄権。

 まず、城西大の5区のランナーが低体温症になり棄権、その後中大の5区のランナーがゴールまで1キロ強を残す地点で低体温症になり、棄権。この失敗を次に生かしてもらいたい。

 中大は28年連続していたシード権を手放した。

 どん底に落ちて、力を発揮するチームがある。

 わたしと箱根駅伝とのつながりは小学2年から始まる。

 わたしの家は、渋谷区初台でパン屋をしていた。

 その隣が、中央大学自動車部の合宿所であった。

 わたしの家族と合宿所の世話役をしていたおばさんとは仲が良かった。わたしはそのおばさんを「中大のおばさん」と呼んでかわいがってもらっていた。

 いわば、合宿所はわたしにとっては、自分に家より居心地の良い場所であった。夏はいつも昼寝とおやつにありつける場所になっていた。

 中大のおばさんが「駅伝見たいか」と聞いたので、「うん」と答えた。

 小学2年の時、自動車部の学生に連れられて、見に行った。

 当時は、自動車部がジープを提供、運転、そのジープが監督車となり、全区間伴走していたのである。

 わたしが、小学5年で引っ越すまで、毎年直接見に行っていた。

 強い中大のイメージが残っている。

 

 なぜか、中大はわたしの母校となり、もっぱらテレビで応援している。

 今年は最悪のレースになってしまった。

 しかし、応援者のスタンスは変わらない。