緑の世界1 | さそりの小説

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 パパの魂の傷を癒すには、生贄が必要だと思った。とにかく、僕の大事なパパ。

 その魂をこのままには、してはいけなかった。




 温かい春の日差しが、車のフロントガラスを通過し僕達を温めている。助手席から、朝靄が見える。

 二人で大事な話しがあると、昨日の夜パパから言われていて。

 家から一番近くの森に向かっていた。近くといっても森までは、車で三十分ほどかかる。

 パパがナビの下に、CDを挿入した。聞こえたのは、小学生の時に習った、グリーン・グリーンである。

 グリーン・グリーンが今の状況に似ていて、僕は思わず笑いそうになった。でも、大事な話しかもしれない。そう思って、僕は堪えた。

 小鳥のさえずりが、車の中で降り注ぎ続ける春の日差し。

 みたいに、心地よく耳の中に入ってきた。

僕はパパがどんな話しをするんだろうと、想像を働かせた。

 そして、小鳥のさえずりと一緒に耳に入ってくる、グリーン・グリーン。

 聞いても、最初に、小学生の頃に習った時のようには、僕は顔を歪めなかった。結局、グリーン・グリーンは音楽で、現実の話しではない。まさか、パパがグリーン・グリーンの結末のようにはなる筈がないし。

 そう思って、パパが森で何を話すのかと、緊張と期待、そして、わずかな不安を覚えながら、横顔を見た。パパは無表情で車を運転し続けている。

「パパ?」

 僕は沈黙を破った。

「どうして、この曲を流すの?」

 パパは黙っていた。僕の声が聞こえていないのか、或いは、運転に集中しているせいか、口は真一文字に閉じられたままだ。

「ねー、パパ」

 と、今度は張りを作った声で、パパの耳を射るように、声を発す。

「ああ、今の心境だ、何よりも、森で話す事はこの世で生きる喜びの話しだからだ」

 期待は萎え、不安と緊張が増長した。

 僕が声を発した後からは、ずっと長い間、森につく迄、グリーン・グリーンがリプレイで流れ続けていた。

 森の傍に車が停められ、僕達は降りた。

 森の入口に、僕達は入って中を歩き続けた。フィトンチッドや土の匂いが、鼻腔に充満する。木々が日差しを閉ざし、森は薄暗く、かつ、僕達が土を踏む度、ざくっ、ざくっと、音がした。足下は凸凹している。罠にでもかけらているみたいに、蹌踉とした。森の奥に、着くと、パパは語り始めた。この世に生きる喜び、この世に生きる悲しみの事を。僕は放心してしまい、その後、怒りが涌いてきた。

 怒りが。

 でも、それはただの怒りだった。

 怒りが、憎しみに変わったのは、僕が学校から家に帰り、パパを見つけた時の事だ。

 パパは、この世を旅立つ為の儀式をしていた。

 それ以降、僕は自分の中で緑の世界というものを創り出す事にした。

 緑の世界は、僕が理想とする世界の不文律である。

 結局、それは僕が犯罪者になる世界なのだけれど。パパは、あの森の中で強く言っていた。お前は被害時になるな、決して被害者にだけはなるな、と。僕はパパと約束したのだ。被害者にはならないって。でも、パパともう一つ約束したお前は幸福になるんだは、今はもちろん果たせそうになかった。

 パパが。

 この世を旅立ったせいである。

 僕は頭の中で緑の世界を創り出す為に、何が必要なのかを練った。