母
先日の連休に大分の実家に帰った際、姉と私は母に"あるもの"を渡された。
桐の小箱に入ったソレは、「へその緒」だった。
今さら、何故?
母が言うには「私が死んで、あなたたちが”へその緒”のしまい場所もわからなければ困るから」だそうだ。
もうひとつ驚いた事がある。
姉と私の間には生後1歳で亡くなった「もうひとりの姉」がいて、
彼女の小箱の中にだけ”へその緒”の下に白い紙に包まれた髪の毛が納められていた。
それは栗色で艶やかでやわらかい髪だった。
その場にいた母と姉、姪と私の間に不思議な空気が流れた。
「もうひとりの姉」のへその緒は今、仏壇の中にある。
帰福する車の中で姉が言った、
「あなたも持って帰ってるよね、へその緒」
「うん、バッグに入ってる・・・私、お母さんがあんな事を言うから悲しくなった」
そう言いながら私はバッグの中の小箱を握りしめていた。
へその緒が、奥の部屋の箪笥の引き出しの上から2段目に入ってる事を姉は知っていたという。
父が亡くなって今年で10年目、母はまだ70歳にもなっていない。
実家でひとり暮らしだが友人もたくさんいて、毎日バレーだゲートボールだカラオケだと愉しんでいる母を見て安心していた。
そんな母が箪笥の引き出しからわざわざこの小箱を取り出し、私たちに渡そうとするのは「いつしか訪れる旅立ちの日」を意識するようになったからだろうか。
気丈な母は、きっと自分の最後を準備しておくような人だ。
「ねえ、これ、次に帰るとき箪笥にそっと戻さない?」
姉が言った。
「うん、私もそうしようと思ってた」
3人の「へその緒」を一緒にできるのはひと月かふた月先になるだろう。
決して長寿の家系ではないが、母には長生きして欲しいと思う。
願わくは旅立つ日まで「その後のこと」など考えずにいて欲しい。