大企業に勤めても45歳定年制が叫ばれる世の中。
メガバンクに勤めていても2万人のリストラに会う世界
。
何のために大学まで卒業して安定の世界に臨むのか。
すべては資本主義経済に支配され企業とほんのわずかな資本家の傲慢によってこの国の労働者が僅かな賃金で利用されぎりぎりの生活で生きることを強いられるこの世の現実。
どんなに労働意欲があったとしても、コロナと災害によって職と立場を奪われ最低限の人生を自力で守ろうとしても自分が擦り切れる毎日を繰り返すことを強いられるこの世の世界。
人はこの国に何故生まれてきたのか。
この世に生まれ人を愛し、自然を尊び、尊重の世界に生きるためであったはず。
しかし自分自身を尊重されず、資本主義の名のもとに社会の部品として利用される現実。
人を愛し、自然を尊重することさえ困難な状況に生かされる日々。
生きる意味とは、人を許し、弱者を尊重し守り、自然の存在をいつも認識し守り自分と他社と自然を最優先に考えて生き続けることではないか。
それらを無視しているかのようなまた無視している世の価値観に強い反発を持って生きることがこれからの新しい時代を作るように思う。
この世に合わせて生きることからは幸福も見いだせず、ただ利用されいつの日にかぼろ雑巾として捨てられる現実をどれほど多くの人間が体験したことだろう。
この世はお金で歯車を回しているという傲慢がはびこりすぎる。
お金でこの世を進めても未来にあるのは生産性があるごく一部の人間だけが一時的に満足を得ているだけの世の中。
金と立場を追い求めて生きる人生には必ず終わりが来て衰退が訪れる。
政治、経済の強者の価値観に背中を向け、新しい自分の目の前から新しい道を切り開いていこう。
政治、経済の強者の前に永遠の幸福の道はなく、自分の前に道があるから。