日本でもそれなりに知られた、
そして世界的にも有名な彫刻家である
Louise Bourgeoisの紹介です。

彼女はフランス・パリの出身の
アメリカの彫刻家です。

1982年にブルジョワが72歳のときにニューヨーク近代美術館で個展が行われ、
再評価されるようになりました。

それまで対して評価されていなかったんです。
すごいですよね。72歳で再評価。
アートの世界は本当にわかりません。

1990年代からは巨大な蜘蛛を象ったブロンズ像 Maman を制作しはじめました。
この像には色々なバージョンがあり、
ニューヨークのグッゲンハイム美術館、
ロンドンのテート・モダン、日本でも六本木ヒルズなど世界各地に展示されています。
この作品が彼女を一躍有名な彫刻家にしたと言っても
過言ではないでしょうね。

一番好きなMamanのバージョンは
スペインのBilbaoにあるGuggenheim Museumにあるものです。
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形のフォルムの美しさもそうですが
やはりなんといっても私が死ぬ程大好きな
鬼才である建築家のフランク・ゲーリーがデザインした
美術館の横にあるっていうことが...
(と言ってしまうと、
このアーティスト関係ないじゃない、と思われそうですが。)


確かに彼女の一番有名な彫刻はこの蜘蛛の形をした
金属で出来た立体です。
彼女は沢山のバージョンを作っています。
彼女にとってもこのMamanが最高傑作だったのでしょう。
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しかし、
私は彼女の作った違う作品達も
とても素晴らしいとおもうんです。

彼女は作品に

”性とは何か、女性とは何か”

を強い想いをこめて作り上げて行ったんだというのが
とても伝わってきます。

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この作品はおそらく女性の陰部のを表した作品でしょう。
性の神秘を女性ならではの視点で作り上げた
興味深い作品だと思います。

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この作品は女性らしさを誇張して表現された
少し気味が悪い作品ですね。

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この作品は女性の体に胎児がいるというのを表現していますね。
この作品の名前は「The Woven Child(組み合わされている子)」
という意味でしょうか。

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この作品はまた不思議ですね。
まるで炭の塊のような体に人形の手足が付けられている。



Louise Bourgeoisは女性のアーティストです。
そして女性というものを表現し続けたアーティストです。
蜘蛛の作品のタイトルからみてわかるように(Maman=フランス語で母親)
蜘蛛はおそらく彼女の最終的にいきついた
”女性”という表現そのものだったのかもしれません。

私は写真家が好きで
多くの写真家の作品をみたことがあるんですね。
もちろん女性のヌードも。
女性のヌードを撮る写真家は男性が圧倒的に多いです。
それはイヤらしい意味ではなく、
男性のアーティストが
真の美しさに行き着いた結果だと思うんですね。
なので彼らが撮る裸婦の写真は
女性が美しい事が多いんです。
美しいものと感じて究極な美を表現したいと思うから。
(もちろん、そういうアーティストばかりではありません。
逆に女性の醜さを男性からみた視点で撮られた写真家の作品だってあります)

これは写真家にかぎった話ではありません。
昔から多くの女性をモチーフにした作品が描かれてきました。
絵画のアーティストは圧倒的に男性が多いのですが
そのアーティストらがいきついた究極の美は
女性であったというのはとても納得のいくことです。
男性のアーティストが女性を表現しようとした時に
やはり美しいという事が先にくるものなんです。
これは女性のアーティストでは表現出来ない
セクシャル的なアートの表現の一つですね。

逆に女性アーティストは
男性を固執して表現する人はあまりいないんじゃないかな?
それは男女のセクシャルの捉え方が違うためでしょうね。


これに対して
Louise Bourgeoisは女性でありながら
女性とはなんなのかを生涯通して表現し続けました。

彼女の作品は男性アーティストには絶対に作れない
作品ばかりなんですね。
視点があきらかに女性であることがわかる。

美しいというものを一番に表現したいわけじゃない、
でも憎しみをこめているわけでもない。

男性の作り出す女性を表現した作品はあくまで
第三者からみる視点なんです。
「女性の美しさ」という外側のもの。

でも
Louise Bourgeoisの表現した作品は
「女性とは何か」というもの。
つまり、とてもリアルなんです。
変に固執しすぎていない女性像がとてもリアルです。

だから女性である私の視点から彼女の作品を見た時に
しっくりくるものがあります。
より、現実的な美しさなんですね。
(まぁ、私は世界で人間の体(とくに女性のライン)がもっとも芸術的で
美しいと思っているので男性からみた誇張された美しさも
十分理解出来るんですけど)


そして
彼女が最後にいきついた”女性”というものは
蜘蛛の形であったと。
ここにいきつく経路は私は本人ではないのでわかりかねますが
彼女がだした答えは
とても美しい形でした。


そうやってみると
彼女の作品はまたひと味もふた味も違って
みえるのではないでしょうか。


あくまでも
私の見解ですがね。