もう1年も前のこと。

1年経ったから、忘れる前に書いておこうかな。

今日は午前中の仕事がキャンセルになり、長編ノンフィクションを記します。



当時は、開業して日が浅く、今にしてみれば、対応に不慣れだったと思います。

あの日、夜の8時か9時くらいに先輩からヘルプの電話が鳴りました。先輩は「お風呂に入るところだから行けない」というので、私が行けるなら仕事を回してくれるとのこと。


少し迷ったのは、そこが夜の繁華街だったから。ただ、先輩が以前にも同じ人を対応したというので、「こんな夜に他の介護タクシーもつかまらないだろう」と思って受けることにしました。


指定されたのはラーメン店。私の自宅から30~40分かかるその場所は、夜とは思えないほど明るく賑わっていました。指定されたラーメン店をみると、極寒の中、薄着の中年男性が車イスに座って1人ポツンと放置されていました。

慌てて車から降りようとすると、怖い世界にいるような男性❓️が、私の目の前に現れました。私はキャバクラ店の前に車を停めてしまったので、怒られると思って謝ろうとしたら、「介護タクシーさんですか、ありがとうございます、木村さんはあちらです」と車イスの男性を指差しました。

急いで車イスの男性のもとに駆け寄り「寒くないですか」と聞くと「寒くて死にそうだ。早く連れていって」と言われ、すぐに車内で保温し、現場を離れました。

木村さんは、ホテル住まいだそうで、指定されたホテルに到着すると「部屋の中まで送って欲しい」と言うので、フロントに鍵を受け取りに行くと、ホテルの従業員も「どうぞどうぞ」と私が対応することを快諾してくださいました。後に分かりましたが、従業員にとって木村さんは厄介者のような存在でした。

木村さんは、全く動けません。全介助です。自身で立つことも起き上がることも、向きを変えることも出来ません。全介助で体に触れたところ、骨と皮しかないことが分かり、体には管とかプレートとかが入っているので、肩甲骨辺りは触らないで欲しいとのこと。両手は力なくなんとか動く程度で、胸のポケットのスマホを落としたたら、自分で拾うことすらできないでしょう。寝たら起き上がれないので、ソファに座りたいと訴え、言われた通りにしました。


木村さんの部屋は、異様な雰囲気です。開けてないペットボトルが50本以上ランダムに置かれており、それが自身の栄養だと言って、口に含んでは捨てるを繰り返し、横には巨大な吐物入が置いてありました。「中身を捨ててきましょうか」と声をかけると、ホテルの従業員が中身を捨てることになっているという。


木村さんが何かの病気があるのは間違いないが、なぜホテルにいるのか、何の病気なのか、この生活をいつから始めているのか、これからどうするのか、すべてが謎で、変で、何かの病気の末期症状、話すのもやっとで、途中で何度も意識が飛びましたが、「大丈夫」という。

今すぐに亡くなってもおかしくない状態なのに、病院に行く気はないし、もうすぐ海外に行くと話している。年齢は50~60才くらいと若い。全く状況がのみ込めないが、それは私だけではなく、ホテルの従業員も同じだった。

木村さんは一万円を握りしめ「お釣りはいらない」という。お釣りをしまう体力もないだろう。

心配で「何かあったら連絡してください」と伝えた通り、翌朝早朝、電話が鳴りました。

ホテルでたばこを吸っていたら部屋に戻れなくなったという。普通の介護タクシーなら対応しないかもしれないが、私は生活サポートもしているため「まったく仕方がないな~」という家族を思うような気持ちでホテルに行くと、喫煙ルームで嬉しそうな顔をしている木村さんがいました。

「どうやってここまで来たのですか」と聞くと、行きはホテルの従業員に連れてきてもらったという。ホテルの従業員も大変だな、と思いながら、部屋まで車イスを押しました。

部屋の中では、全介助で移乗。私でもお姫様だっこで移乗できそうだけれど、変に骨折させたりしたら大変なので、丁寧な移乗を心がける。

両手を回すと「えっいいの❓️」と嬉しそうに言われましたが、別にいいよと思ってしまいました。力づくで何かをされるほどの体力はないでしょう。


木村さんは電動車イスが欲しいと言い、今日、明日にでも買って届けて欲しいと言ってきました。私が、電動車いすは70万円とか、100万円とか高額なので、簡単には買えないことを話すと、お金はあるという。スマホで資産を見せてくださり、そこには宝くじが高額当選したときのような金額が表示されていました。

でも、私は電動車イスは買えないと伝えました。木村さんはコンビニのATMで、1日50万円下ろせば、明日には100万円になるので、それで買ってきてと言う。

私には出来ないけど、木村さんは電動車イスがないとどこにも行けなくて不便だろうな、と思った。

困ったときは先輩に電話。

先輩は人生経験が豊富で、電動車イスのお店も知っていて、木村さんとお店を繋いでくれて、お店の人と木村さんがやりとりすることになり、私はホッとしました。ただ、その時、木村さんという名前は偽名だと知りました。その日から木村さんは、私に本名を名乗るようになりました。


その後も、先輩は木村さんを乗せて夜の繁華街の依頼を何度か受けたようですが、木村さんがわがまま過ぎてもう電話に出ないことにしたと言いました。

私にも何度か電話がありましたが、重なって断ることが続き、先輩からも「木村さんと関わらない方が良い」と言われ、電話を取らないことにしました。


木村さんは、どうやら、病院から勝手に抜け出してきて、ホテル住まいをしていたようです。


その後も、毎日のように着信があり、受けずにいましたが、辛かったです。


1日連絡がないと、亡くなったのかな、とか思ってしまうし、木村さんが気になって仕方がない。


ある日、10分くらいの間に5回も着信があり、ただ事ではないのかな、と電話に出ないことが耐えられなくなり、電話に出ました。


「あっ、電話にでてくれたんだ」と、嬉しそうな声の木村さん。話を聞くと、また別のホテルに移動して、そこで暮らしているという。私の家からは少し遠いホテルでした。

「一緒に洋服を買いに行きたい。何時でも良い」という。

行こうと思えば、付き合ってあげる時間はなんとかなったかもしれないのに、私は断りました。

「30分でも良い」とのお願いを私は叶えてあげられませんでした。

最後に、服を買いに行ってあげたら良かったな。

着替えも自分では出来ないだろうから、私が着替えさせてあげればよかったな。

それとも、私と話したかっただけなのかな。

人生の最後の瞬間に、誰にも相手にしてもらえなかった木村さんに、もっと寄り添ってあげれば良かったという後悔が、1年経っても残っています。


木村さんはいつも1万円札を握りしめていました。

木村さんはお金持ちだったと思うけれど、私はお金が欲しくて木村さんに会いに行くわけではありません。

地域で1、2を争うほど、安い介護タクシーを開業した私より、高額だけれど何でもしてくれる介護タクシーを見つけて、紹介してあげたら良かったかな、今の私ならそうするかな❓️と、1年後の私は思いました。


長文、読破ありがとうございました。