障害ある人もない人も、車いすソフトボールの魅力 目指せパラリンピック | 飯島 愛ちんのガッタス・オスピタル

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 2020年東京パラリンピックを1年後に控え、関心が高まる障害者スポーツ。中でも、障害がある人もない人も一緒にプレーできるという特色を持つ「車いすソフトボール」は、互いの視野を広げ、理解を深めることができるとして注目を集めている。13チームが加盟する全国組織の目標は、将来のパラリンピック種目としての採用だ。

 

慣れない車いすに…

 

 4月27日、大阪府東大阪市にある駐車場。同市を拠点とする関西唯一の車いすソフトのチーム「関西アンバランス」が開いた車いすソフトの体験会には、車いすに乗る障害者と健常者計11人が集まった。

 車いすソフト最大の特徴は障害者と健常者でチームを構成する、という点だ。ルールは通常のソフトボールとほぼ同じだが、プレーヤーは1チーム10人。ポジションのある9人のほか、10人目の選手はどこを守ってもOKで、全員が車いすに乗り、プレー中は地面に足をつけてはいけないといったルールも設定されている。

 守備でグローブを使うのは一塁手と捕手ぐらい。ほかの選手はボールを追いかける際に両手で車輪を動かすため、素手で捕球する。

 いざ、体験開始。車いすに慣れた障害者らは素早く左右に操作し、ボールに向かったり走塁したりできるが、普段車いすに乗ることのない健常者は、打ってから一塁へ“走る”のも一苦労だ。レフト前ヒットのはずが、一塁でアウトになる場面もみられた。

 

誰もが隔たりなく

 

 参加者は気持ちのいい汗を流したようだ。

 「障害のある人とうまくプレーができるか不安だった」。大学院で障害者スポーツを研究し、教授の紹介で初めて参加したという女子学生(22)は、当初こう考えていたという。しかし、試合後は「互いに気兼ねなくプレーする姿に驚いた」と笑顔。「予想以上に車いすの操作が難しかったが、慣れると夢中で楽しめた。みんなと打ち解けたのもよかった」と話した。

 約40年前に米国で始まったとされる車いすソフトは、日本での歴史はまだ浅い。日本車椅子ソフトボール協会(札幌市)によると、バリアフリー社会の実現などを目的に平成25年に同協会が設立され、現在は北海道や関東、九州など全国13チームが加盟。車いすテニスやバスケなどに比べ知名度は低いが、協会は「パラリンピックの正式競技」を目標に掲げている。

 体験会を行った関西アンバランスは、事故で車いす生活になった元高校球児の「また野球がしたい」という思いをきっかけに28年に設立された。メンバーは約20人。障害者は12人、残りは健常者で、毎週土曜日に練習を行っている。

 チーム設立者の一人で、日本車いすスポーツ振興協会の事務局長を務める阪上忠士さん(36)は車いすソフトについて「障害者は目標を持つことができ、健常者もバリアフリーの必要性が分かる」と説明。チームの主将で生まれつき両足が不自由な赤井正尚さん(44)は「障害者と健常者が隔たりなく楽しめるのが車いすソフトの魅力。いろんな人とも出会え、生きがいになっている」と語る。

 

専用広場整備の動きも

 

 普及には課題もある。車いすをスムーズに動かすためには地面がフラットで一定の広さも求められるため、プレーできる環境は限られている。多くのチームが不定期に体育館を借りるなどして練習しているのが現状だ。

 こうした中、関西アンバランスの地元で障害者スポーツの支援に力を入れる東大阪市は、駐車場の車止めブロックを撤去するなどして、車いすでも楽しめる広場を作った。

 さらに来年度中には花園ラグビー場の敷地内に車いすソフトやバスケができる全国初の専用広場を整備する予定だ。「障害者と健常者が一緒に楽しめるスポーツのまちづくりを進めたい」。市スポーツのまちづくり戦略室はこう話している。