おはこんばんは。
あの震災から一年がたった今日。
なんか早かったような気がします。 あの時のことは今でもはっきり覚えているな。
今これを書いている15:30。当時オレは仙台にいて地震直後に現場の安全確認、掃除をしていたな。
職人さんたちはみんな家が気になるって言って帰っていったのを覚えてる。
当のオレは停電がすぐ回復すると思ってたし、まさか沿岸があんな津波に襲われてるなんて思いもしないで能天気に考えていた。
実際数年前に震度6の地震を2回経験していて、その時は大きな被害もなかったから、そんなに危機感なんて持っていなかった。
これは東北の人はみんな感じていたことだと思う。
沿岸では今も当時の爪跡が残ってる。
今日朝からずっとテレビでもずっと流れているが、ほんと、現地に行くと言葉が無い。
仮説住宅建設に携われたことは本当にいい経験だったと思う。
あんなにテレビと現地とで、印象が変わるのは本当に驚いた。
これから下はオレの個人的な意見を書かせてもらいたい。
気分を害する人もいるかもしれないので気になる方は見ないで頂きたい。
今問題になっているのが瓦礫の撤去問題。
未だに高い山を築いている瓦礫たちが処分されなければ復興は出来ない。
テレビでもたびたび流れるが瓦礫受け入れの反対運動がそれを遅らせている要因のひとつだと思っている。
ツイッターなどで受け入れを肯定する芸能人が叩かれたり、関係ないことを批判したりするのを見て思う。
この批判している人達ははたして、当人が震災の被害者になったとき、同じことが言えるのだろうか。
多分違う。
これはオレが震災の被害者だから言えることなのかもしれない。
オレの住む県がこの問題に関わっていなかったら、同じく批判していたかもしれない。
「放射線が怖い」「子供の安全性が心配」「地元が危険になるのは認められない」
言ってることは分かるし否定もしない。
だれだって見えない放射線は怖い。 そんなものが混じっている瓦礫を受け入れるなんて馬鹿げている。
ただ考えていただきたい。瓦礫にもきちんと放射線チェックを行い、規定値を下回る瓦礫を処分していただきたいとお願いしている事を。
それでも怖いというなら反対している人たちは、自分達に害が及ばないように震災地が犠牲になればいいと思っているのだろうか。
想像していただきたい。
あなたの住む町が地震や津波やその他天災で壊滅したとして、それの復興のためにはまず綺麗にしなければ始まらない事。
それを他の都道府県の力を頼らなければ実現に長い年月をかけなければいけないとこ。
『私達に被害が無かったから他の土地の出来事は他人事。』
『所詮テレビの中の世界。』
オレが否定している人をを見て思うことはこんな悲しいこと。
今日もそんなニュースを取り上げているのを見てお隣の秋田県の女の人が
「受け入れは反対ではない。でも、受け入れるまでに話し合う時間が必要だと思う。それがお互いの県のためだと思う。」
間違ってはいない。けど話し合う時間とはどのくらいのことなのか?そして話し合う内容は?
それには実際何年かかるのだろうか。
被災地の我々が思うことは一つ。
なんとか皆さんのお力を貸していただいて少しでも早く地元の復興のために手助けをして頂きたいということです。
すみません。今まで悶々としていたことをただ書いて行きました。
気分を害された方には本当に申し訳ありませんでした。
ただ、この今日3.11。
このブログを見て今一度自分の中で少しでも考えていただく時間を作ってもらえれば嬉く思います。