犬を見ててふと思うことがある。
この子たちって全力でママや家族のことが大好き。
いつも熱い視線をこっちに向けて、
どこへ行くにもついてくる。笑
この子たちはきっと
「僕は私は〇〇をするから、ママに愛される」
「僕は私は〇〇ができるから、愛される価値がある」
なんて全く思っていない。
ただまっすぐに
「僕は私は愛されて当然」
という世界で生きている。
だから愛される。
そしていつも“今ここ”にある自分の気持ちに素直。笑
「ごはんが欲しい!」と思ったら壁をカリカリしてごはん欲しいアピールをする。
「ママが食べてるスイカ僕も欲しい!」と思ったらキッチンまで来てフンフン怒る。笑
「抱っこしてほしい!」と思ったらしっぽをフリフリしながらどこまでもついてくる。
そこに
「こんなことを言ったら迷惑かな?」
「もっといい子にしてからお願いしよう」
「抱っこしてもらえなかったから僕には私には価値がないのかも」
なんていう複雑な思考はない。
ただ
「僕は私は今、こうしたい!」って自分の望みをまっすぐ表現してる。
そして飼い主の私たちも
「もっと〇〇してくれたら、この子を大切にしよう」
「私の役に立ったら可愛がってあげよう」
なんて思わない。
もちろんお手を覚えてもらうためにご褒美をあげるってことはあるかもしれない。笑
それでもこの子へ手渡す愛に「こんなことしてくれたら私もこの愛情あげる」みたいな条件的なものはない。
何もしていなくてもただそこにいてくれるだけで可愛い。
寝ているだけで愛おしいし元気に生きていてくれるだけで嬉しい。
何かができるから大切なのではなくてこの子の存在そのものが大切。
女性の在り方も本当はそれでいいんじゃないかなと思う。
可愛いから。
仕事ができるから。
誰かの役に立つから。
機嫌よく振る舞えるから。
だから愛されるのではなくて。
"私は生きているだけで価値がある"
何も証明しなくても私が私であるだけで大切な尊い存在。
そして
「今、これが食べたい」
「今日は休みたい」
「ここへ行ってみたい」
「こうしてほしい」
そんな自分の小さな望みが聞こえたら、
難しく考えすぎずに自分で叶えてあげる。
誰かに愛されるために自分を整えるのではなくすでに大いに愛されてる存在として自分の望みを大切にする。
「私は今、こうしたい」
→できることからすぐに私にしてあげる。
愛されることも
自分を幸せにすることも
本当はもっと、シンプルでいい。
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