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自分の心の底にずっとあるとわかっていても
言えなかった言葉について書きます。
私はいわゆる「毒親育ち」です。
カウンセリングを受けたり、心屋塾の初級セミナーを受けたり、さまざまな気付きを得て
「毒親」の意味もわかってようやく穏やかな
気持ちでいられるようになったばかりです。
さて、2017年の11月に心屋のカウンセラーさんのオープンカウンセリングを受けました。
今年(2018年)6月に別の心屋のカウンセラーさんからリセットカウンセリングを受けました。この方には私が勝手にご縁を感じて
お会いしました
この話はそのすぐあとのことです。
その方が言ってくださった言葉が
「私がいるとお母さんの夢が叶わないっ思っていたんですね」「それが居場所のなさや無力感につながっているんですね」です。
ちょうど「居場所がない」という気持ちが
自分にあることに気づいて不思議に思っていたところだったんです。
家にいても「帰りたい」と思ったりして。
だから、この「私がいるとお母さんの夢が叶わない」で、「そうか」と納得がいったのです。
お母さんを幸せにしたいのに自分がいては
幸せにできない
そうか、そうだったのか
そして、「私、そんなにお母さんの事が
好きなんだな」と改めて、寂しさとともに
思いました。
私がどんなにお母さんのことを
好きでも、自分は愛されていないという寂しさ
ずっとわかっていたいたんですよ。
子供の頃から。
お母さんを憎むのは私はお母さんのことを
好きなのに、私はお母さんに愛させれていないからだって
それで、もう観念しました。
そっと口に出して言ってみようとしました。
が、言えない
「わ
」「わたしは
」
「わたしは
お母さんが
」
「わたしは
お母さんが
だいすきです

」
お母さん、だいすき
長い長い間、わかっていながら
言えなかった言葉
お母さんが私を愛してくれないなら
私もお母さんが嫌い
好きなんかじゃない
って
もういいじゃない。
好きなものは好きなんだから。
自分の中のちっちゃなこどもの自分を
そっと抱きしめました。
それは「お母さんを好きな自分」を
許した瞬間でした。
実は「愛されていた」と気づくのは
それから4ヵ月ほどあとの話です
読んでくださってありがとうございます
