家族の貴重さは永遠のテーマ―である。家族があればこそ生きていけるし、働くこともできる。私も、常に妻、子供たち、孫たちの事を忘れた事はない。この歳になってきつい肉体労働でも家に帰れば、明るく妻が迎えてくれる。さみしい時は子供たちに電話で会話する。心を休めたいときは孫に会いに行く。
家族の大切さは
計り知れない。
これは私の知るある男である。・・・・・・・・色々な事情があって自分の子供とわかれて2年になる。今は一人
暮らしである。この男は、毎日何を目標に、何を生きがいに、誰の笑顔を、誰の喜びを期待して働いているのか? さみしいだろうーなあー。 自分が3食食べているだろう―に、この男は子供たちに対して一銭のお金も
払っていない。我が子の事が気にならないのだろうーか? <大きくなっただろう―なあー> <進級しただろうーなあー> 犬や猫、ライオンやトラの親でも我が子の安否を気にするものである。 心の小さい男だと思う。
もしこの男に問えるのなら <君にとって家族とは?> <血の流れたわが子の成長が気にならないか?>
よくそれで生きていけると思う。 わが子に対してのアプローチの仕方はいろいろある。
これで平気で生きていけるのだから私たちと家族に対する視点が違うと思う。
大人はどんどん老化に近好き、子供たちはどんどん成長していく。子供たちはいつまでも赤ん坊ではない。大人の考え、行動、思いやり、気配りを凄いスピードで察知していく。そのうちに子供たちが《家族の大切さを理解する
だろう>
大人の行動を子供たちはしっかりと見ている。 子供たちを騙すことは出来ない。
空腹で巣で待ちわびるヒナのために親鳥は自分の疲れも忘れ、なんどもなんども餌を運んでくる。親鳥はただ
ただ子供の成長を見守るだけである。 人間もこんな小さな鳥から学びとるべきである。

生きている人間にとって <家族> は宝物である。 
