明日、平成24年10月12日で結婚52年目を迎える。
早いもので二人が元気でこの日を迎えられることは本当にうれしい。
昭和35年に大阪四天王寺で挙式をして近鉄特急で名古屋に出て、岐阜県の恵那峡で宿泊をした。
浅間山にのぼり白樺湖、小諸の景色を楽しみ、榛名湖ではタクシーでドライブをした。・・・懐かしい。
私が22歳、妻が24歳・・・・・・若かったなあー。
昭和35年にはあまり明るいニュースはなかった。
<社会党浅沼稲次郎刺殺事件>
<安保反対闘争>
<チリ地震津波>
でも新婚時代は楽しかった。大阪松原のアパートの一部屋だったが。しかし私は22歳の若さかもしれないが、今から思っても落ち着きのない人間だった。結婚したにもかかわらず、まるで独身のように遊びまわった。夜遊び、パチンコ、マージャン ここから<妻不幸>の始まりである。まるで母親に甘える息子の
ようにふるまった。妻には可哀想なことをしたと思う。その後も仕事、お金、健康のことでずいぶんと心配をかけた。この状態が52年である。 よくぞ頑張ってくれたと思う。
しかも偉いと思うことは妻は明るく、朗らかで、暗さはない。
私は42歳で大きな転機を迎え、サラリーマンから自営業に転身した。縁故はなく、お金もなく、技術もなく
ないないずくしのスタートだった。初めは一日3000円程度の収入しかなく、家計を守る妻にとって大変だったと思う。それでも妻は明るかった。一つのみかんを3つに分けて子供たちに食べさせている顔はいまでも
忘れない。![]()
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52年の間には言い尽くせない苦労話があった。
妻に言いたい・・・・・・・・よくぞここまで頑張ってくれた。 しかも健康で。
これから私たちにどんな難関が待ち受けているかもしれない。とにかく健康が問題である。
健康であればほとんどの問題は解決できると思う。 74歳、76歳の二人が一日でも長く健康を保持したい。 明日は、つくばのホテルオークラで二人で欧州料理を楽しみたい。
モンスター