いいだまの「神社YELL」ブログ

久しぶりに気まぐれ投稿いたします。


天気も良く気温もそれ程冷たく感じなかったので

ブラブラと向島にある「牛島神社」へと出かけて参りました。

ようやく銀杏も色づきだしたので境内には黄色が映えていました。


時節がら陽が傾くのが早く、

また陽射しも強いので葉の黄色は眩しいほどです。


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光と影のコントラストが大きくて見る場所場所が

とても絵になります。


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陽が影に入ってしまった後の境内も

しっとり落ち着いていてとても良い雰囲気でした。

もともと言問通り、三つ目通りと比較的自動車交通量の多い

道路のすぐ側とは思えないほどに境内は静かな神社です。


「牛嶋神社」は貞観二年(840)に郷土守護神として

須佐之男命を勧請したのが始まりだそうで、

御祭神は他に天之穂日命(アメノホヒノミコト)、

そしてこの地で亡くなられた清和天皇第七皇子、

貞辰親王命(サダトキシンノウノミコト)の三柱の神々。


江戸時代初期に境内に撫で牛の石造が祀られて

信仰を集めたとご由来書きには記されていました。


以前記事にしました鳥越神社の「神社略誌」のなかに

『昔は社の境内は頗る広く (略) 三味線掘は境内の一部 (略) と伝えられています』

さらに『三味線掘に熱田神社が末社としてお祀りされておりました』と記載されています。

同じく榊神社も境内に末社として祀られていましたが徳川幕府が江戸に開かれるにあたり

堀田原へと移され、熱田神社も山谷へと移されたという一文を見つけました。

やはり以前記事にした榊神社同様に熱田神社も現在するのでは?との疑問から

探してみることにいたしました。


いいだまの「神社YELL」ブログ-熱田神社(台東区)01

 











検索をしてみたらなんと!台東区は今戸神社のすぐ側にあるとの事、

早速次の休日に参拝する事にしました。

訪ねてみればそんなに大きくない町内の神社といった佇まい。

残念な事にご由来などが記された説明板がありません…

しかたがないのでそれもネットに頼るという結果に…


いいだまの「神社YELL」ブログ-熱田神社(台東区)04









熱田神社と言えば名古屋に鎮座されているのが有名で、

日本武尊が東征の際に叔母の倭姫命から授かった『草薙剣』をお祀りしています。

一方こちらの神社のご祭神は日本武命(記事のママ)と橘姫命。

創建は鳥越に元亀二辛未年(1571)とありますが鳥越神社が651年創建とあるので

もしかするとかなり遡る事が出来るかもしれません。

遷座されたのは正保二乙酉年(1645)だそうです。


いいだまの「神社YELL」ブログ-熱田神社(台東区)02 いいだまの「神社YELL」ブログ-熱田神社(台東区)03


日本武尊が東征を終えて尾張に住む宮簀媛命の元に立ち寄り、

草薙剣を姫に預けたまま今度は伊吹山の妖神征伐へと出発したが

病に冒されそのまま伊勢の能褒野(のぼの)で亡くなってしまう。

そこで姫が武尊命を偲んで熱田に宮社を建立し、

宝剣を納めたのが熱田神宮の始まりなのだそうですが、

ここでは別の姫が一緒にお祀りされていようとは。

ちょつと謎めいた神社でした(なので番外編)。

明治通りを亀戸方面に向かってゆくと

墨田区と江東区を結ぶ福神橋のそば墨田区側に

吾嬬神社(あずまじんじゃ)というひっそりとした神社があります。

川沿いに民家の建ち並ぶ間に鳥居があって

くぐって入って行くとちょつとした広場になっています。

神社はその広場で高くなった場所にありました。

いいだまの「神社YELL」ブログ-吾嬬神社01


















草創は景行天皇の頃、

『浮州の森』と呼ばれた森林の神域にあった名社だとのこと。

御祀神は日本武ノ命(説明板のママ)そして御后の弟橘姫命。

いいだまの「神社YELL」ブログ-吾嬬神社04












ヤマトタケル東征のおりに相模の国より船を出したが

海上は暴風がしきりに起きて波が荒れて船が危険にさらされた。

海神の怒りを鎮めるために后のオトタチバナヒメがその身を

海中に投げうち神に奉げた結果海上は穏やかになった。

ヤマトタケルが船を着ける場所も見えず愁いていると

西の方角に忽然と嶋があらわれた。

浮州に船を着けて嶋にあがり「妻が恋しい」と宣うと

東風が吹いて姫の御召物が浮かび上がった。

大いに喜んだヤマトタケルは御召物を浮州に納めて築山を築き、

それを御廟として『浮州吾嬬大権現』と称して崇め、

以後海上船中の守護神としたのが由来だそうだ。


いいだまの「神社YELL」ブログ-吾嬬神社02












いいだまの「神社YELL」ブログ-吾嬬神社03












コンクリートで建立された比較的に新しい拝殿の横に回ると、

柵があって立入りが出来ないのですが石造りの祠がありました。

きっとこちらが本殿と言う事なのでしょう。

御前には小振りですが個性的で存在感ばっちりな狛犬がおりました。

説明板によれば安永二年五月銘があり

寄進者は日本橋の商人の名前が多く書いてあり

海運、漁業関係者のとつながりをよく表しているのだそうです。


今や海からも離れてしまい

神様も何を思うのでしょうか?