Poisson d'avril ~毎日が四月バカ~ -28ページ目

Poisson d'avril ~毎日が四月バカ~

Some people feel the rain. Others just get wet.

皆さんこんにちは、お元気ですか?

(^^)


僕のブログは、この「毎日が四月バカ-Poisson d'avril-」とその前身の「真ん中オトコ」とを合わせて…来年で10年になります。

最初は映画鑑賞の個人的な記録として書きはじめましたが、FM K-City「シネマストリート」で新作映画の紹介コーナーをやらせていただいたことも手伝って、それからずっと書き続けてきました。

映画紹介だけでなく、撮影や舞台のこと、他愛ない日常、写真、徒然なるままにその他のいろんなことを書き留めてきました。

会うと「ブログ見てるよ」とか「最近サボってんね」とか、時には「ブログ見たけど大丈夫?」とか心配されたり…(笑)。そうやって、こんな毒にも薬にもならないような雑記にお付き合いくださり、どこかで誰かが読んでくれてるんだと思っては更新し、常々感謝しています。

ありがとうございます。


さて、そんな映画紹介も久々。今日は新作映画を二本ご紹介いたします。

まずは四十路男の恋を描いた「オーバー・フェンス」、そして逃亡中の殺人犯を追う「怒り」の二本です。


本気で書きます。

…だからちょっと長いですよ(笑)。


(以下、役者敬称略)



オダギリジョー、蒼井優の「オーバー・フェンス」。



勤めていたゼネコンをリストラされたバツイチの白岩(オダギリ)は、地元函館に戻り職業訓練所で大工仕事を学んでいる。とは言え…大工になりたいワケではない。ただ何となく…差し障りなく、日々を過ごしていた。そんな時に知り合った飲み屋の女サトシ(蒼井)。彼女は「自分は壊れてる」と語り、鳥の真似をする少し変わった女だった。

そして二人は次第に親密になっていくのだが…。



オダギリジョー演じる主人公は40才。

当たり前だが、もう純情な子供でも活気ある青年でもない。だからと言って達観した壮年でもなく、どこか中途半端で不完全な年。出会った女からの素直な質問にも上手く答えられず、しかし嘘もつけない。オダギリのその辺りの微妙な表現はさすがに上手かった。

上手かったのは蒼井優もそう。彼女の演技を観るのは久々だが、改めてその"常設された存在"の見せ方に感動した。見応えがあった。

おそらくこの二人の俳優は、実社会では生き辛いタイプの役者だと思う。故に作品の中では、これほどまでに"素直"で"あるがまま"に呼吸が出来る。役を"生きる"ことが出来る。そんな気がした。


ラストシーンの描き方が良かった。そうだよな、恋ってホントそうなんだよな…と、とても共感した。

些細なことだ、恋の喜びは。でもその僅かな光が人を強くもし、笑顔にさせる。

各シーンの間に挟まれる非日常の画が効いて、そんな微笑ましいラストを飾る。



「オーバー・フェンス」は公開されたばかり。上映館は少ないですが、とてもオススメの映画です。



そして。

原作の小説が絶賛され、豪華俳優陣の共演でも今秋一番の話題作とされる「怒り」。

八王子で起きた夫婦殺人から一年。犯人は未だ見つからず逃走中、全国に指名手配されている。

そんな同じ頃に現れた、三人の素性の知れぬ男たち。このうちの誰かが犯人なのだろうか!?



"よく分からない者"が私たちの日常へと入ってくる。偶然出会ったのか入り込まれたのか、こちらが彼を惹き寄せたのか…いずれにせよ、とにかく彼はここにいる。

その男が、まさか、まさか…。



人が人を愛する時、それはどこまで本気だろうか。

人を信じる時、その根拠はなんだろうか。



そんな、人の気持ちの不確かさや危うさ・脆さを痛烈に描き出しているこの映画は、間違いなく問題作である。

何故ならば、冒頭に起きる殺人事件も、その犯人が逃亡中であるという設定も、あくまで"比喩"であると言えるからだ。

自分以外の人に対して疑いを持つというのは誰にでも起こりうること。嘘?浮気?借金?どんな小さな"隠し事"にでも、その表には"信頼"とか"約束"がある。


人は人の何を知れば、心から相手を信じられるのだろう。

愛する人が裏切ったと知ったとき、人の感情はどこに向かうのだろう。


3つの場所でそれぞれが迎えるエンディングは、この上なくツラい。私は映画の後半ずっとそのツラさと戦いながら観ていた。あまりにも"やるせない"ことばかり。「もしも自分だったら…」と置き換える必要もないほどに各俳優たちの演技は見事だったし、原作から加筆修正された脚本も良かった。


ひとつ残念だったのは、原作で書かれていた"刑事と花屋の女"のエピソードがなかったことだ。映画化という状況では本筋から離れたそのシーンはカットされて然るべきなのだが、その本筋の残酷さを引き立てる…というか反面教師的に際立たせるエピソードとしては非常に効果的だったので、興味があればそちらは小説で味わってほしい。


話を映画に戻すが、いくつもの名台詞があった。敢えてここには書かないが、観る者の心臓を鷲掴みにする。握り潰してくる。是非、覚悟されたい。

殺人事件は比喩と書いたが、しかしそこにはしっかりとした意味もある。"真面目なことがカッコ悪い"とされるようになってだいぶ久しいが、根っ子を同じくすると僕が考える現象がそこには絡んでくる。

この"真面目なことはカッコ悪い"、これって実は非常に厄介な社会現象で、似たようなモノには"その場のノリ"や、"逃げ道の社交辞令"、"悪気はなかった、誤解させてしまったなら謝る"などがある。この現象が産む毒物の作用は分からない人にはいくら説明しても分からない。"思慮・見識の浅さ"と言えば遠からずだが、共通するのは、そこに「心がない」ことだ。(ちなみに"忙しい"とは"心を亡くす"と書く。それは間違いなく相手を傷つける。悲しませる。怒らせ得る)

映画を観る時にはそんなところにも注目されたい。




あなたの愛する人が、殺人犯かもしれない。そんな、何か隠し事をしてるとしたら…あなたはどうしますか?


愛だけで信じきれますか?





是非、ご覧下さい…とは言えません。

あくまでも自己責任で。


普通の感受性を持った人ならば、かなりツライですから。




以上、今日は久しぶりに新作映画を二本ご紹介しました(^^)

By 石原義信