大切な人を亡くし、別れを告がんとする友と会ってきました。

一ヶ月前、この木は「サクラ」と呼ばれていました。
電車の車窓から。川沿いの並木で。公園のベンチを取り囲んで。人々から今か今かと心待ちにされながら開いた今年のサクラ。
しかし今、青葉に陽光を浴びて強く輝くこの木を、もう誰も「サクラ」とは呼ばなくなりました。
たった、一ヶ月前です。
足を止めて見上げたはずなのに、時間を忘れて見つめたはずなのに、これがあんなにも恋い焦がれた木だったことを、誰が信じることができるでしょう。
思い返してみれば。
固く握った蕾から薄赤色の花びらへ、サクラはちゃんと咲いていました。派手ではなかったけれど、確かにそこに咲いていました。
嬉しいものです。
なんだかあちらもこっちを見ていてくれる気がして。
しかし人はそれをすっかり忘れ、いや、もしかしたら忘れられずに、サクラにこう言うのでしょう。
「一年中散らずに、ずっと私だけのために咲いていて」
そうして、戸惑うサクラの皮をメリメリと剥ぎ、根本からぶった切るのです。
「また咲く気になったら言ってくれ」と。
今日の風は、とても強い。
けれど「サクラ」は朗々と靡き、人は歩けない。
友は最期にこう言いました。
「愛させてくれてありがとな」と。
もう、彼には頭が上がりません。