映画の楽しみ方のひとつに“疑似体験”と云うことがある。自分では経験したことのない(経験出来ない)ことを、映画の登場人物を通して体験するのだ。
今日紹介するこの『ラビット・ホール』は、正にそんな映画だ。
郊外の閑静な住宅に暮らすベッカとハウイーは、一見、全てが満たされた幸せな夫婦に思える。だが二人の間にはどこかギクシャクした空気。実は二人は、8ヶ月前に最愛の息子ダニーを交通事故で亡くしていたのだった。決して埋めることの出来ない喪失感。同じ悲しみを共有しながらも、妻ベッカはダニーの面影から逃れようとし、夫ハウイーは想い出に浸る毎日だ。そんなある日、ベッカはあの事故を起こした車を運転していた青年と遭遇する…。
原作の同名戯曲に惚れ込んだニコール・キッドマンがプロデュースと主演をし、映画化を実現させたこの映画。監督は、あのジョン・キャメロン・ミッチェルだ。
最初この監督の名を見た時、かなり驚いた!…と云うより、クレジットの間違いかと思った。だって、あの『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』や『ショートバス』のジョン・キャメロン・ミッチェルだ!
だが、いざ観てみると納得が出来た。監督は話す。『僕の作品は全て、トンネルの隅で一筋の光を探す人たちの物語だ。そしてこれは、愛する者の喪失についての話だけじゃない。それに伴うコミュニケーションの喪失の話だ。』と。
子供を失って8ヶ月。痛みも同じ、そこから立ち直りたい気持ちも一緒なのに悲しくもすれ違っていく夫婦。この感情の関わりが実に繊細に表現されている。
この作品でニコール・キッドマンは、アカデミーとゴールデン・グローブ両賞で主演女優賞にノミネートされた。彼女曰く『人は人生の中で、どんなにひどい苦痛に見舞われてもユーモアを失わない。それが人間の魅力だと思う。』
そう。この映画は“息子を事故で亡くした”と云う設定の割には、非常にユーモアに溢れた明るい雰囲気だ。見終わってみれば、何故かほのぼのとして心地好い。
だがもちろん冒頭に書いたように、結婚もしていない子供もいない僕が、本当にそれを体験したかのように悲しくなり、苦しくなり、そして立ち直りを見守りたくなるようなリアリティがある内容だ。それは虚飾を一切排除した脚本もそう。監督の細やかな演出もそう。主演二人や他の俳優らの演技もそう。全てがこの“喪失と再生”の物語を描くことに成功している。
今の時代の映画としてはかなりパーソナルな内容で、監督もそれを認めているけれど、逆にこれこそが“ザ・映画”であると言っても良い。
事故を起こした青年役のマイルズ・テラーと、ベッカの母親役ダイアン・ウィーストが素晴らしい!
素晴らしい映画だけれど、全ての人にオススメはしない。だけれども、ヒーローや魔法や宇宙人や銃撃戦に飽き飽きした“映画ファン”には、是非とも観て頂きたい。
“ラビット・ホール”
11月5日(土)から公開です

