1963年、私の師・松本英彦(ts)先生は、二ュ―ヨ―クで、ジョン・コルトレ―ン(ts)と出会い、大いなる刺激・影響を受けて帰国された後、自己のカルテットを結成[菅野邦彦(p),鈴木勲(b),ジョ―ジ大塚(ds).1964]、日本ジャズ界を、さらに牽引してゆかれた。
そして同じく、ジョン・コルトレ―ンの薫陶を受けた、テナーサックス奏者として、もう一人、忘れてはならないのが、1965年、コルトレ―ンのバンドに参加した、ファラオ・サンダ―ス(ts)である。
1990年に録音された、
「Welcome To Love」(Timeless)
♪My One And Only Love
♪The Nearness Of You
♪Say It
などが収録された、このバラ―ド・アルバ厶。
アグレッシブなアドリブは、なりをひそめ、静謐な、もはや"スピリチュアル"とも呼ぶべき、バラ―ド・プレイは、往年のコルトレ―ンに、勝るとも劣らない、…これはおそらく、衆目の一致する所であろう。
2003年、私は、テナ―サックスを、それまで使用していた、デイブ・ガ―デラから、セルマー・ス―パ―バランスド・アクションに切り換え、マウスピ―スも、ガ―デラ・トラッドから、よりオ―ソドックスなものに戻そうと、考え始めていた。
テナーサックスを手にして8年、未だ、はっきりとした手応えはつかめぬまま、30歳を過ぎ、マウスピ―スひとつの事にしても、私は、ある意味、必死であった。
午前4時過ぎ、私は、
「Welcome To Love」を聴きながら、明日朝からの動きを考えていた。…
まずは、最寄りの、京王電鉄・聖蹟桜ヶ丘駅から、新宿へ向かって、明大前まで。そこから、京王井の頭線に乗り換え、渋谷へ。その後は、山手線で、新宿へ。…
翌朝、ゆっくりと眼を覚ました、午前10時。しかし、何故だか、出かけようという気がしないのである。
コ―ヒ―を飲んで、暫くタバコを、一服。…聖蹟桜ヶ丘駅へ向かって、部屋を出たのは、小一時間程経った後だった。
京王井の頭線・渋谷駅。東口から、道玄坂を少し上がった辺りに、渋谷・YAMAHAが、あった。
渋谷・YAMAHA、2F。
Otto-Link, Selmer, BergLarsen,……
ビンテ―ジ・マウスピ―スの並ぶ、ショ―ケ―スを眺めていた時、不意に背後からは、何やら、外国人一行の気配…。とっさに振り返ると、私の眼の前に立っているのは、テナーサックスケ―スを斜め掛けに背負った、何と、ファラオ・サンダ―ス(ts)その人であった。!
雑誌で見た、往年のマイルス・デイビスを思わせるような、神秘的な、その眼差しは、偉大な宗教指導者のようなオ―ラを漂わせていた。…
つい先程の明け方、真剣に聴いていた、あのアルバム。その本人に、今ここで出会うとは!。…
私は、すみやかに、ショ―ケ―スの前を離れ、サンダ―ス氏に、"席"を譲り、隅の方から、その様子を、かたずをのんで、見つめていた。
数あるビンテ―ジ・マウスピ―スの中から、Selmer(metal), Berg Larsen(metal.85と記憶している)を選ぶと、サンダ―ス氏は、すぐ隣にあった、試奏スペースへ。…
(試奏室のドアは、開け放されたまま)
やがて、ファラオ・サンダ―ス氏の、あの神秘的な、テナーサックスの音が、YAMAHA渋谷店の片隅に、響き始めた。…
サンダ―ス氏が吹き始めた、そのフレ―ズ、音の雰囲気は、何とも驚いたことに、松本英彦氏と、"瓜二つ"であった。
おそらく、最初に試奏された、(松本氏と同じ)Berg Larsen・マウスピ―スの影響も、否めないのだが、その後、別のマウスピ―スに移っても、やはり、その印象は、残り続けていた。
フレ―ズ、吹き方もさることながら、その音色自体が、何か、とてつもなく、似ているのである。
同じく、コルトレ―ンの薫陶を受けた、とは、こういうことなのか……!
それから、スタッフ一行への、”サ―ビス"という意味もあってなのか、サンダ―ス氏は、
♪Polka Dots And Moon Beams.
♪Nancy
などの、メロディ―を、淡々と、しかし、大変な迫力で吹きはじめた。……!
CDを、ヘッドホンから聴くのとは、全く次元の違う、本物の"生音"。…
数時間前に聴いていた、あの曲…!
感慨を通り越して、なかば、茫然としながらも、わたしは、全神経を集中して、一音も聴き逃がすまい、としていた。…
やがて、試奏スペースから、出て来られた、サンダ―ス氏は、最終的に、Berg Larsenを購入され、続いて、そのSelmer.Mk.6.テナーの、コンディションについて、相談。
見ると、オクタ―ブキ―や、パ―厶キ―のパッドが、かなり、傷んでいる様子であった。
急ぎの修理の為、YAMAHA・F課長は、新宿のISHIMORIを、紹介。…
サンダ―ス氏一行は、渋谷を後にされた。…!
興奮さめやらぬまま、昨夜からの、一連の流れを、私が説明すると、F課長は、
「それ、"偶然"じゃないかもねぇ、……。」
急に、スピリチュアルな事を、言いはじめた。!
〜スピリチュアル・ジャズ。…
ファラオ・サンダ―ス氏の、あの神々しいまでの、バラ―ド・プレイに対して、しばしば贈られる、賛辞のひとつである。
そのパフォーマンスが、私達の眼に映る、この世界を超えたレベルの、"何か"を感じさせ、ア―トが、個人の表現の枠を超えて、共同体・人類全体の、意思・祈りにまで、昇華している時、私達は、それを、"スピリチュアル"と呼ぶのではないだろうか。
その日、その時刻でなければ、出会うことはなかった、ファラオ・サンダ―ス。…!
これも、私にとって、十分、奇跡的な、不思議なめぐりあわせの出来事であったのだが、思えばそれ以前にも、私は、そんな"スピリチュアル"を感じさせるような、経験をしたことが、あった。
1994年、三越劇場。
松本英彦先生の付き人を勤めていた当時、勤務時間は、大体朝6時から、夜11時、帰宅すると12時を過ぎる。江戸や明治の、"藪入り"よろしく、休日は、盆・暮の数日に限られていたので、体力的にもなかなかたいへんだったのだが、そんな中、私は、この三越劇場の舞台袖で、不思議な光景を、眼にしたことがあった。
往年の、"ジョ―ジ川口とビッグ・フォー"を、再現した、このステ―ジ。…
曲は、♪シェルブ―ルの雨傘.他〜
ステ―ジの袖から見た、松本先生の、テナーサックスの音は、まるで、静かな水面の波紋のように、客席へと広がり、劇場内の、何か、ある種の"よどみ"を、同時に吹き飛ばしていくような様子が、確かに、私には、見てとれた。
人の心の奥底にある"光"、全ての人に共通する、何か、"善なるもの"を、呼び起こしていくような、その"音の力"。
その様子は、まるで、荘厳な神事が進行しているかのようにさえ、見えていた。……
あれは、連日の、疲労の極限からくる、"幻"だったのだろうか。?
今でも、時々、不思議に思い出すのだが、ひょっとすると、ただの"錯覚"では、なかったのかも知れない。……!
ここから先は、本当に"スピリチュアルな話"に、なってしまうので、
あとの解釈は、皆様、御随意に。
2025. 6月.記.
