1994年12月、クリスマス・シ―ズンの、六本木・バ―ドランド…。

夕方、6時40分過ぎ、「おはようございます。!…」と、穏やかで落ち着いた挨拶とともに現れた、松本英彦(ts)氏。

 フリルのついた、赤のサテン・シャツ、襟にはライン・スト―ンがあしらわれた、黒い燕尾服、ダ―ク・ブラウン〜ミンクのハ―フ・コ―ト…。銀髪・リ―ゼントに、ポルシェ・デザインのサングラス、左手には、ヴァンクリ―フアンドア―ペルの、ダイヤの指環が光っている…。

 「今日、この店へ入ったから、めずらしいものを見られた…!と、そう思われるくらいが良いんだ…」!。ステ―ジでの身なり・礼儀には、ことに厳しい先生…、歳末ともなれば、なおさらであった。

 

 店へ入ると、松本氏は、エントランス・左手奥の、ミュージシャンシ―トに、羽織っていたミンクのコ―トを、さっと広げた。すると、すかさずその上に飛び乗って、ピョコンと座ったのは、松本英彦(ts)氏・佳子夫人の愛犬・「ルビ―ちゃん」…。

 チワワほどの、小さなド―ベルマン、"ミニチュア・ピンシャー"の女の仔。…可愛らしくも、ミンクのコ―トに、斜に座った姿は、世間のいわゆる"看板犬"とは、どこか一線を画した、何とも"威風堂々"の佇まいである。

 

 やがて、7時半、ピアノ・トリオによる演奏の後、松本氏も、テナーサックスを手に、ステ―ジへと向かい、カルテットの演奏が始まる。すると、ルビーちゃんは、ミンクの上にゆったりと座り直して、文字どおり、耳をそばだてている。

 その頃の、バ―ドランドの演奏は、11時半までが普通であったゆえ、入り時間からは、4時間あまり…。それでもその間、ルビ―ちゃんが、犬らしく?、吠えたりするのは、聞いた事が無く、見事なまでに、現場の空気感をわきまえていた。

 

 当時、地方への「旅」(ツア―)の数日間は、私が多摩の事務所に泊り込みで、ルビ―ちゃんのお世話を担当していたのだが、そうなると、先生と一緒の時の、端正な「おすわり」はどこへやら、前脚を伸ばしきってのんびり…。一家の主は、ルビ―ちゃん、である。

 それでも、夜のお散歩を終える頃には、やはり寂しそうな表情がいっぱいだったが、

翌朝は、また元気にお散歩…!。

 そんな数日間の後、先生御夫妻が帰宅された時の、飛び上がっての喜びようといったら、まるで十数年ぶりの再会のような、それはたいへんなものであった。…

 

 1980年代、療養生活を経た「松本さんを散歩させる」ために、ルビ―ちゃんを迎えることを考えた、というのが、佳子夫人の談である。

やがて健康を回復し、より良い音楽のために、ますます研鑽を重ねられた松本先生…。

そのかたわらで、毎月のように、コンサートや、イベントの営業・マネ―ジメントを一手にこなしておられた佳子夫人…。

 言うに言われぬ苦労も多かったに違いない、多忙な日々の中、ルビ―ちゃんという"娘"の存在は、確かに、松本家を"家族"たらしめていた、と思う。

 

  いつも元気で、お行儀の良いルビ―ちゃんながら、まれに何かのはずみで佳子夫人の手を噛んでしまう事もあって、その時ばかりは、いつも穏やかな松本先生が、顔色を変えて叱っていたものだが、その姿も、私の目には、一家の"大黒柱"そのもの…。 

 そんな松本家の、何気ない日常を見ていると、果たして、犬が人間に近いのか、人間が犬に近いのか、よくわからなくなってくる瞬間も、実にしばしばであった。

 

 東京・多摩、聖蹟桜ヶ丘、京王線の鉄橋が架かる多摩川河川敷…。

「お散歩」の途中、夕暮れの川辺に腰をおろして、ふと隣を見ると、いつもとは違う何か、もの思う表情で、ずっと遠くを見つめるルビ―ちゃんの眼に映る、オレンジ色の夕日…。 

 あの時のルビ―ちゃんは、今の私よりも、あるいは、ずっと"歳上"だったのだろうか…。

 

       2026.6月記.