いま、真央ちゃんが滑っています。
真央ちゃん!頑張れー!!!
これは、真央ちゃんのお母さまの訃報を聞いた際に書いた文章です。
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今回の真央ちゃんのお母さまの訃報に接して、
以前香港に住んでいた時のことを思い出しました。
クリスマスも近いある日の夕方7時頃?、
姉から緊急の電話が掛かってきました。
『父が危篤』だと。
もうその日の日本行きのフライトは、終わっていました。
どうしようか?と考えて、、次の日の朝一番の飛行機で、
急遽帰国することにしました。
そこでエアーチケットとなるのですが、
もう旅行社も終わっていて、上司や友人に相談した所、
空港のカウンターで直接購入して行くことになりました。
その日の夜は、姉と連絡を取りながら、
朝一番で空港に駆けつけました。
JALの方が朝早い便だったため、直接にJALのカウンターに行き、
日本行きのチケットが欲しいというと、帰りはいつか?と聞かれました。
えええ??、帰りが分からないので、とりあえず行きだけと言うと、
行きだけだと、かなり高いよと言われ、いろいろと提案されたのですが、
結局往復で正規の値段で購入するよりも、片道の方が安いので、
帰りは、日本の方が格安チケットがあるから、
日本から購入した方が良いよというアドバイスを頂き、
当時のレートで、片道10万円以上のチケットを購入し、
朝一番で成田空港に向かいました。
何故か空港のこのやり取りを凄く覚えているんですよ。
そこから先は、もう時間が遅いのか早いのか、
血液が逆流しているような、ぐるぐると回るような時間を
機内では過ごしていました。
飛行機を降りてからは、
成田エクスプレス、新幹線と乗り換え、
地元に着いたのは、もう夕方近く、10時間後くらいでした。
そのまま病院へ、駆けつけましたが、
幸いにも、状況は悪化せずに、
2日後くらいには、意識も取り戻しました。
とりあえずのお墨付きをもらったので、
4日後くらいには、香港へ戻りました。
(年末に向けて、仕事が忙しかったので)
父は結局、その2ヵ月後くらいに、
私が旧正月の休暇で帰国中に亡くなったんですが、
あの時の思いは、忘れることが出来ません。
海外で住むようになってから、親の死に目には会えないかもと
覚悟していたんですが、
いざその時が、来てみると、動揺を隠せませんでした。
その2年前に母を亡くしていて、その母もやはり同じように
クリスマス後ぐらいに、危ない状況が続いていました。
でも母もやはり、私の旧正月の休暇帰国中に亡くなっていました。
口の悪い親戚は、この2年の内の二つの訃報に、
六花が帰国すると誰かが亡くなる、
あんたが殺したんじゃないかと言っていた人もいて、
その時は、その言葉にとても傷ついて、悲しくて悲しかった。
でもそんな時に、そうじゃないよ、二人ともあなたに会いたかったんだよ。
会って、お別れをしたかったんだよって、慰めてくれる人達もいて、
その言葉は、私の救いになりました。
今は、その言葉の通りに、私を待っていてくれた二人には感謝です。
私は、親孝行らしいことは、何一つ出来なかったけど、
親からは、最後の最後に子孝行をしてもらえたんだなあと。
真央ちゃんは、お母さまの死に目に会えなかったかもしれないけど、
それは、もしかしたら、お母さまがそう望んでいたのかも、
そんなことを感じました。
人よりもずっと早く、別れを経験した真央ちゃんが、
これからも強く望む自分になれるように、祈って止みません。
六花