「10周年」の東方神起・JYJ…3つの時期で見る「偉大な軌跡」(1)

http://japanese.joins.com/article/874/179874.html?servcode=700&sectcode=720


グループ東方神起とJYJが歴史的なデビュー10周年を迎えた。


東方神起は2003年12月26日、SBS(ソウル放送)『送年特集』番組に出演してデビューした。それからしばらくして「東方から5人の神が起き上がる」(東方神起)というグループ名が持つ壮大な意味は、まさに現実となった。


彼らはアイドル時代の過渡期にあった先輩たちと比べ、一歩進んだ姿で一気に少女ファンたちの心をつかんだ。圧倒的なビジュアルと完ぺきに近い歌唱力・パフォーマンスは「完成型アイドル」という評価を引き出した。最も大きな評価を受けた部分は、やはり「韓流時代」を切り開いたという点だ。日本市場で超特急のはやさで現地スターと肩を並べ、常勝疾走した。栄光の時代がいつまでも続くようだった。


だが、そうは問屋がおろさなかった。2009年にキム・ジェジュン、パク・ユチョン、キム・ジュンスが所属会社SMエンターテインメントと専属契約紛争を起こしてグループは2人組の東方神起(ユンホ、チャンミン)、3人組のJYJ(キム・ジェジュン、パク・ユチョン、キム・ジュンス)に分かれた。「東方神起は終わった」という懐疑的な反応もあったが、彼らの行軍は今日まで依然としてよどみない。むしろ新しい記録を立てて行きながら韓流の帝王として君臨している。過去10年間の韓国大衆文化史に確かな一線を引いた東方神起とJYJの軌跡を振り返った。


◆「完全体」の華やかな7年(2003~2009年)


過去から現在まで「完全体」の東方神起を超えるグループはまだ出ていないというのが歌謡界の大半の意見だ。それだけ5人の東方神起の人気はさえぎるものがなかった。韓国やアジア市場を超えて米国市場に挑戦する唯一のグループにも選ばれた。東方神起は2003年12月26日、SBS年越し特集番組『BoAとブリトニースペシャル』に出演して『Hug』を歌って初登場した。そして2004年に正式にシングル曲『Hug』を発表して本格的な活動を始めた。ヒット曲は数えきれない。『Hug』を始め『呪文-MIROTIC』『風船(Balloons)』『Rising Sun』『“O”-正・反・合』『The way U are』などで最上級の人気を享受した。2006年と2008年にはそれぞれ『“O”-正・反・合』『呪文-MIROTIC』でゴールデンディスク大賞を受賞した。2008年に出した4枚目のアルバム『呪文-MIROTIC』は当時50万枚超も売れた。


最も高い評価を受ける部分は、やはり日本での活動だ。2005年から日本市場に進出して卓越したグループとしての地位を確立した。当時、日本には所属事務所の先輩歌手BoAを除いて活動する韓国人歌手はおらず、不毛地帯に近かった。2006年に開かれた東方神起の日本の初のツアーには約1万5000人余りのファンたちが集まったぐらいだ。今と比べれば貧弱な数字だ。だが翌年開かれたツアーには6万4000人余りのファンが集まった。1年間で何と4倍以上もファンを増やしたことになる。特に1万5000席規模の武道館公演を2回も行って東方神起のチケットパワーを徐々に知らせ始めた。


2008年からはアリーナにツアー規模を格大した。総動員人員20万人余りをはるかに超えて、その地位をより一層高めた。「完全体」東方神起の最後のツアーとなった2009年には夢に描いた東京ドームのステージを踏んだ。小規模公演から始めてホールツアー、アリーナツアー、東京ドーム入城へと規模を広めていきながら日本市場に進出した韓国人歌手の「活動の手本」になった。東方神起はこの期間、日本のオリコンチャートで7回以上1位を記録し、2008年と2009年にはNHKの『紅白歌合戦』に2回連続で出演した。


文化評論家カン・テギュ氏は「H.O.T以降で東方神起はアイドルの完全体を見る印象だった。特にファン層の進化を目でも確認できた。東方神起を通じてアーティストとファンの交流、文化全般的な部分が非常に発展した」と紹介した。


「10周年」の東方神起・JYJ…3つの時期で見る「偉大な軌跡」(2)
http://japanese.joins.com/article/875/179875.html?servcode=700&sectcode=720


◆闇の中で新たな方向模索した4年(2009~2012年)


2009年、東方神起ファンたちに青天の霹靂のようなニュースが伝えられる。7月31日、キム・ジェジュン、パク・ユチョン、キム・ジュンスが専属契約の効力を停止させてほしいとSMエンターテインメントを相手に専属契約効力停止の仮処分申請訴訟を提起した。同年10月27日、裁判所がこれを認めて3人は独自の活動が可能になった。2010年10月にはJYJを結成した。だが活動は思うほど容易ではなかった。訴訟が長引く中で地上波の出演の道がはばまれた。日本の企画会社エイベックスが契約を中止して日本での活動もやはり活路を見いだせなかった。

だが突破口はあった。持続的にレコードを発売しながら日本を除く海外ツアーに集中した。アジアはもちろん欧州や南米まで拠点を広げた。JYJ活動を基本にしたソロ活動も始めた。パク・ユチョンは『トキメキ☆成均館スキャンダル』『屋根部屋の皇太子』『会いたい』などに出演して俳優としての地位を固めた。キム・ジェジュンも『ボスを守れ』『Dr.JIN』などに出演して俳優活動に拍車を加えた。キム・ジュンスはミュージカル界のスターとして急浮上した。チケットパワーでチョ・スンウ、チョン・ソンファらミュージカル界のA級スターらと肩を並べるほどになった。


東方神起も痛みを後に、自分たちのペースを探し始めた。2011年1月に5枚目のアルバム『Keep Your Head Down』を発表。リパッケージまで合わせて計30万枚以上を売って健在を誇示した。日本での人気も「異常無し」だった。シングル『Why?』(Keep Your Head Down)は初動販売数23万1498枚でオリコンシングル週間チャート1位に上がった。9月に発表した日本での5枚目のアルバム『TONE』もやはり30万枚以上売れてオリコンアルバムチャート週間1位になった。


長く続いた法的紛争も終わった。2012年11月28日、SMエンターテインメントとJYJは任意調停で2009年7月31日付で専属契約を終了させ、今後は相互の諸般活動に干渉しないことで相互合意した。これでJYJとSMエンターテインメントの間の専属契約に関する法的紛争が終了した。


ある歌謡関係者は「今考えても非常に残念な事件だった。社会的な雰囲気は歌手側にあったし、業界では東方神起というコンテンツを作った企画会社の肩を持つ雰囲気だった。当時の事件を通じてマネージメント会社と歌手の間の契約関係などが合理的に発展するきっかけにもなったと伝えた。

◆アイドルを超え、アーティストとして世界へ(2012年~)


10年目のアイドルだが、正体はない。東方神起とJYJはいずれも強力なファン層を基盤に国内はもちろん海外で相変わらずの威力を発揮している。まず、日本活動の活路が開けたJYJは今年4月東京ドームで3年ぶりの公演を行い3日間で15万人を集めた。申し分のない華麗なカムバックの祝賀ショーとなった。ロッカーに変身したキム・ジェジュンはアジアツアーを回り、キム・ジュンスは16日から2014年1月29日まで世宗(セジョン)文化会館大劇場でミュージカル『ディセンバー:終わらない歌』に主人公として出演している。パク・ユチョンは来年2月に初放送されるSBSドラマ『スリーデイズ』に出演を確定させた。JYJ側は10周年を記念してサプライズイベントを進めている。ソウル地域の電光掲示板広告を始めYouTube(ユーチューブ)、ホームページなどJYJ関連サイトの最初の画面には「10周年お祝いメッセージ」が入っている。所属会社C-Jes(シージェス)エンターテイント関係者は「10年間、3人が共に活動しているということが最も気持ちの良いことであるようだ。ファンに感謝する気持ちで、いつも挑戦する姿勢で活動している。ファンも今日一日はお祭りのように過ごしてくれたら良い」と伝えた。

東方神起は最近、韓流の長兄役をしっかりとまっとうしている。今年4月から始まった「東方神起ライブツアー2013」に総人員85万人余りを集めた。特に今年8月、横浜の日産スタジアムに計約14万4000人の観客を殺到させて周囲を驚かせた。1回の公演で約7万2000席が埋まるというブロックバスター級の公演で「韓流帝王」の名を自ら立証した。1月中には10周年記念アルバムも発表する予定だ。10周年を迎える26日と27日には、一山(イルサン)のKINTEX(キンテックス)で単独コンサートを開いてファンたちに会う。