ちょっと長い反省文 | よろずや 京屋本舗~無駄話~

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ごく稀に

趣味で書いた詩をアップします


よろしくです(≧▽≦)ゞ

「京屋です」







勉強嫌いの京屋が
余計な事を言います

学習障害とは、
基本的には全般的な知的発達に遅れはないが、
聞く、話す、読む、書く、計算する
又は推論する能力のうち
特定のものの習得と使用に
著しい困難を示す様々な状態を
指すものである。

学習障害は、
その原因として、中枢神経系に何らかの機能障害があると
推定されるが、
視覚障害、聴覚障害、知的障害、情緒障害などの障害や、
環境的な要因が直接の原因となるものではない。



上記の事項について
個人差の範疇を出てはいない気もするのですが

発言します

学生時代
友人知人の中に
上記に該当する人物に
数度、遭遇しています

傍から見てもまじめで
授業中も真剣にノートを取り
わからない事を
教師に聞きに行く
自宅でも
1日2時間以上勉強していた(らしい)

でも
結果に結び付かない

僕もテスト期間中等に
勉強を教えましたが
基本的な質問が多い

例えば一般的に
「1+1=2」と言う事に対して
特に疑問を持たない

それを聞いてくる

一度目は教えられるけど
二度三度となると
僕はバカにされてるのでは
ないだろうかと思ってしまう

運動などで練習しても
この動きが出来ないは
理解が出来るけど

勉強において
答えとその道筋を聞いて
わからないなんてことはないと

僕は勘違いをしていた

今思えば
どんな事においても
当たり前のように
得手不得手あって

どんな事においても
個人差があって

決して
その人が手を抜いているわけでも
バカにしているわけでもない

僕はこのころ
傲慢だったのだと思う
不遜だったのだと思う

優しさもなく
ただ辛く当たっていただけなのだと
思う

僕は顧みるべきなのだと
そしてこれから
優しさを持ち
厳しくあるべきなのだと

思考が固く狭いままでは
いけないのだと

人の親になった今
このままでは
なにも知らないものに
畏怖を与えてしまう

勉強が嫌いでもいいんです
でも
習う事を恐れるように
なってほしくはない







「僕はそう望む」