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一乗寺浩詩のブログ小説の世界

一乗寺浩詩 書き下ろし小説







「つるし雛めぐり」に行ってきました。





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時差ボケの頭で、

千葉の御宿町で開催されている
「つるし雛めぐり」に行ってきました。





観光案内所で駐車場の場所と



まちかど
「つるし雛めぐり」の展示会場案内図を頂き



その地図をもとにして




商店街を歩き回りました。



なぜか車の中ではジャーニーの曲を聴き
海猿の曲の オープンアームズ や
爽やかな気持ちで町を訪れた



都会の疲れや海外から帰国して
海の幸を食べたいと思っていました。




町を歩くとあるある
手づくり製の物が吊るされた下に


御内裏さま とお雛さまが すまし顔で座ってます。



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一乗寺浩詩のブログ小説の世界 町の商店街に手作りの何て言うんでしょうね、
蝶やら毬やら絹布製の人形が1本の紐に
いっぱい
ぶら下げてあり、
それが何百本も飾ってある。




元気をもらった。





そして食事はこの時期捕れる
金目鯛の煮つけ





そして日本で収獲量の多い
伊勢海老の料理





何を食べようかと探した挙げ句





岩和田漁港に近い
「海女ダイニング KAZU」






海女御膳 1800円

地魚の刺身
さざえの浜焼き
伊勢海老のみそ汁



母たちは
浜焼き御膳 1200円

伊勢海老
さざえ
大あさり
地はまぐり
マグロ丼

別メニューで金目鯛の煮つけ半身 値段忘れた



おいしかった 
刺身が食べたかったんでよかった。





そして帰りに 
松よし鮮魚店で 
女将さんと話をしながら
鯵の干物と岩のりと アワビを買った。


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ここでも つるし雛がたくさ
飾ってあった。





 つるし雛 
被災地にも送れないかなと思いながら何個か買った。


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被災地に送り

いつの日か きっと復興するように
希望と絆が感じられる 目の保養です。



3月3日まで まちかど「つるし雛めぐり」

やっています。よかったら是非行ってみてください。




http://www.onjuku.or.jp/tsurushibina/index.html












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脳梗塞に打ち勝つ不屈の闘志不屈の精神(3)
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高山選手は復帰を考えていた
あのリングに戻ることを諦めなかった。




復帰に向けてトレーニングを続け
壊死して以前の動きができないものには
他の器官で以前と同じような
動きができるようなトレーニングをした。



少しずつ頭部に負荷をかける
トレーニングも開始した。



解説者として試合会場を訪れた時も
試合前に受け身の練習をしていた。




そしてついに
約2年間の休養後
2006年7月16日のノア武道館大会にて復帰した。




復帰試合のパートナーは小橋選手だったが
腎腫瘍摘出手術により小橋選手は欠場した。





「みんながジメジメしたら
小橋建太が戦えなくなるから
明るく希望を持って彼の帰りを待とう。



小橋建太のために戦うとか
そういう大それたことは言えないけど
俺は全力で戦って武道館後もリングに生き残るから
小橋建太 必ず戻って来い」



高山選手の暖かいメッセージがTVを通して届いた。





「俺は脳梗塞を克服して戻ってきた。
ここでお前が癌に負けるようなことがあれば
プロレスラーとしてお前は俺に負けたことになるぞ。



それが嫌だったら
何年かかっても絶対に戻って来い」



高山選手ならではの励ましのコメントも送った。



その高山善廣選手の笑顔ボクは好きだ。



リングの上では鬼となり
ヒールを演じているが
一番の病気の理解者はきっと
大病を患った高山選手なのだろう




そして高山選手が療養している間に
世代交代は始まっていて
どの選手も高山選手の得意技の
膝蹴りを決め技に使っていた。



とくに中邑選手は若い頃
IWGPベルトを持っていて
誰もがエリートと呼んでいた




そんな時期に高山選手ボコボコにされて 
その強さを見せ付けられて身をもって実感して
プロレス技だけでなく
打撃技や関節技も必要だと認めさせられた
その相手が高山選手だった。




その後の中邑選手プロレス人生を変える
切っ掛けともなった恩師とも言えよう。



最初の出会いから6年が経った 
その試合が2010年1月4日の試合だった。



不屈の精神で病気に勝った
高山選手の勇姿に
ボクはいつまでも拍手とエールを贈りたい。



それでは
今年もよろしく
お願いします・・・。







2010-01-04 東京ドーム
中邑真輔 vs 高山善廣 パート3 試合映像↓










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脳梗塞に打ち勝つ不屈の闘志不屈の精神(2)
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華やかなプロレスの試合では
暴れまわり怒涛のごとく試合に勝つ



しかし その恵まれた体格とは裏腹
持病である重い気管支喘息を患っていた。



元々重い喘息持ちで何種類もの薬を
欠かさず飲む生活をしていた。



試合終了後の控え室では吸入を欠かさないほど
酷くあまり身体が強いほうではないイメージに見えた





しかし その病気に打ち勝つように
試合では他団体に参戦しても驚異的な強さを見せる。




その絶頂のときに神様高山選手
第二の試練を与えたのだ。




2004年8月8日大阪府立体育会館
の試合後
試合後のインタビューの最中に
突然右手の自由が利かなくなり
リング上で受け取った勝利者賞の目録を落とした。
それがなかなか拾えない



高山選手は試合の後なので
疲れているんだなと
自分でそう思ったそうだが
控え室に戻ろうとするが
今度はドアノブを扱えず倒れてしまった



周りにいた関係者が異変に気付いて
救急車で病院へ運んだ。
脳梗塞を発症していた。




運ばれた病院は
脳神経治療では
国内トップレベルの病院で
すぐにカテーテル手術をした。


手術後
喋ることができ
動かなかった
手足が動くようになっていたことで
すぐに試合に復帰出来ると思っていたようだ。



しかし思ったように言葉が話せず 
  字がうまく書けなかったり
今まで出来ていた動作が出来なくなっていた。
ここではじめて 自分の体の異変に気づいた。


ひょっとしたら もうダメかもしれない。
  脳の障害のせいで一瞬判断が弱気にさせた。
しかし ここから
  不屈の闘志
  不屈の精神病気に立ち向った




彼はリングの外でも戦うことをやめなかった


今度は病気に勝つことを目指した。
    帝王の 本当の戦いが始まった。







大好きだったコーヒーをやめて
水を一日6リットル飲むようにした。



肉を食べることをやめて
魚と野菜中心の食生活にした



酒もやめてリハビリを始めた。


普通はここで引退を考えるのだが
高山選手は復帰を考えていた。
あのリングに戻ることを諦めなかった。



不屈の精神が彼をリングへと呼んでいた・・・。







2010-01-04 東京ドーム
中邑真輔 vs 高山善廣 パート2 試合映像↓













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