アラフォーnojiの妊活覚書き
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4度目の流産手術



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nojiの覚書的な妊活記録ブログです

海外在住
海外での治療は撃沈し、日本に単身帰国
日本での治療で2度の妊娠いずれも流産
色々あって海外で再挑戦

お月様
これまでの妊活記録

妊活歴7年

採卵6回
〈海外5回・日本1回〉
移植16回
〈海外9回・日本7回〉
稽留流産4回
〈海外2回・日本2回〉

高AMH
PCOS
卵巣嚢腫摘出


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もう時間が経ちすぎてしまって、ブログにあげるのもどうかと思ったのですが、記録として記載しておこうと思います。







今回は少し遅めの朝7時集合でした。(前回は朝5時半だったのでそれと比べると)



その日は土曜日。
Hubbyは仕事が午後からある状態でしたが、週明けになるよりは土曜日のほうが時間が作りやすい、とドクターに変更を依頼しました。




何人か今日手術の人たちはいたけれど、私のお母さん・おばあちゃん世代の年配の方ばかりで。
おそらく流産手術は私だけでしょう。




悲しくて、救いがない手術。




病気の人だったら、それを治すための手術。




帝王切開の人は産むための幸せな手術。




私は。。。




考えても仕方ないけれど。




またここに来ることになってしまった自分の境遇を悲しく感じていました。




前回の流産手術の時は、ここで今度は出産するんだ!と決めたはずなのに。




なぜかまた悲しい事情で来ている。






手術の時間がかかるかもしれない。と伝えたけれど、Hubbyは外で待っていると。




もう何度もおこなっている全身麻酔。今回はHubbyに手紙を書きました。
目が覚めなかったら。。なんて大げさな事を思いながら。



いつも通り、ナースとの問診や麻酔医との問診があって時間がかかりました。



週末だからかな。




そのあと手術室へ。




今回は自分で手術台に移りました(前回は途中で麻酔が入って手術室に入った事は覚えていません)




すぐに麻酔が効いて、目が覚めた時はリカバリー室。




ナースが時々見に来てくれるけれど、目が覚めそうな、このまま眠っていたいような状態。




ようやく目が覚めてきたときは、術後2時間経過していたようです。




集合時間から考えたら5時間ぐらいHubbyは外で待っていました。




ずっとギターを弾いて待っていたようです。




今回は悲しみたくなかったのか、Hubbyは自分なりに予防線を張ったようで、お腹に話しかけたりするのを妊娠後半は避けていました。





悲しんでいたくないようで、あまり深く考えずにいようとしている姿が切なく感じました。





それと同時に、悲しみと向き合わないようにして、後から発作のように苦しむのではないかと心配もありました。
(結果的にはそうなるのですが、それはまたの機会に)





当日はゆっくりと休んで過ごしました。





Hubbyは仕事に行ってくれて、本当に頑張っていました。




私達のjourney は何処に向かっているのでしょうか。

4度目の稽留流産



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PCOS
卵巣嚢腫摘出


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間が空いてしまいました・・・







1週間待った後のエコー(正確には10日後)の日。





今回は一人で行くことになった。
Hubbyから、『俺、行かなくてもいいかな』って言われた時は、いいよ。と伝えた。





一人だったら我慢できるけれど、二人でいると泣いてしまうと思ったからそれでいいと思った。





待合室で待つと、やっぱりそれでよかったのかなと思う反面、ちょっと薄情かなとも思えてくる。











待合室で待つ。
ここの待合室が嫌いになりそうなぐらい。
ここではハッピーな思い出がない。





ドクターが迎えに来てくれて、エコーの部屋に行く。





前回と比べてもサイズは変わっていないのがすぐにわかりました。



でも、なんだか、胎嚢が・・・?





なんと、戻した二つのたまごちゃん達はどちらも着床していたのでした。





二つの胎嚢が寄り添うように見える。





あー。双子ちゃんだったのね。




切ない事実。




知ったところでどうにもならないけれど、愛おしさで思わず声が出た。



「twins 」




あのHCGの伸びは、双子ちゃんだったからなのかな。





着替えたらドクターの部屋に戻り、この後どうしたいかを確認されました。





自然に出てくるのを待つか、手術を選ぶか。





自然に出てくるのを待つのは少し怖い気がする。





突然の大量出血や腹痛に耐えられるのか自信がない。





今回も手術を選択した。




Dilation and curettage 子宮内膜掻爬術&頚管拡張子宮内膜掻爬術
こちらでは略して”D&C”というようです。





この10日間は、この時を覚悟するための日々だったのかなと。





どこかに一片の希望を持ちつつ、心の準備をして。






まさかの4回目の稽留流産。




今度こそ大丈夫だって思っていたのに。




悲しい結果になってしまったのでした。








1人でも結局泣いたけど、2人よりも早く泣き止む事ができたのかもしれない。







7週目のエコー 哀しみの覚悟





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PCOS
卵巣嚢腫摘出


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陽性判定後の内容となります。






まだ大丈夫。と思いながら迎えた、7週目のエコー。
エコーの技師が見てくれました。





胎嚢はみえているものの、胎芽がかなり小さく(3mm程度)、心拍が見えませんでした。





『I'm sorry』と言われました。





エコーの時、その言葉を言われるのがトラウマのようになっていてとても辛い。できれば聞きたくなかった言葉。。





でも何か動いているようにも見えて、確認してもらったけれど心拍ではありませんでした。





ドクターも来て、『難しいと思うけれど、今、手術をすることを決めるか、また1週間待つこともできるわよ』





と言われました。





私には日本での妊娠時に8週目で確認できたという過去があります





もちろん出産には至らなかったんだけれども、遅い子だっているかもしれない。と思って。





「1週間待ちたいです」


『もちろん大丈夫よ』





Hubbyと2人、車までの道すがら、「ここにきてエコーをするたびに結果が悪くて、トラウマになりそうだね」と思わず伝えました。




彼も同様に感じていたようで、『うん』と。





わずかな希望を持ちながら、でも諦めるための、心の準備のための1週間になるんだろうと思いました。





その時にもちろん検索魔になりましたが、IVFで8週目で心拍が確認できた方でブログをされている方が3名ほどいらっしゃいました。





そのわずかな記事をお守り代わりに、過ごすぐらいしかできませんでした。
Hubbyも口には出さなかったけれど、腹をくくっていたと思います。
2人ともこの後の哀しみを覚悟しながら、ほんの少しだけ希望を持って過ごしていました。





もしかしたら私と同じく、7周目で心拍確認できず、8周目の心拍確認に希望を持っている方がたどり着くかもしれないから、記録に残しておきます。





8週目で心拍確認されたかたのブログ










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