登場人物
キリヒト総長:丹沢敦司(通称あっちゃん)
保護委託中の井口達也
とある日の二人の会話
丹沢敦司は普段は温厚で、暴走族の総長らしいオーラはゼロだった。
俺はあっちゃんと呼んでいた。
少年院を出たばかりの俺は、見知らぬ土地で自由を手に入れたが、自分でも整理しきれない漠然とした孤独と不安を抱えていた。
さみしがりやなもんで。
何せ、親しい仲間が誰もいない土地での再出発だったから。
楽観的な俺だが、俺の名前なんて全く通用しない、ゼロからの始まり。
自分を変えられるかもしれない。
なんて事もちょっぴり考えながら始まった更生生活。
始まってしまえば焼肉屋の仕事が忙しすぎて、あまり余計な事まで考える余裕は無くなった。
それが良かったのかもしれないが、ふとした瞬間に、ため息は出たね。
周りにはけして見せられない自分だったように思う。
ため息は、いつも店の裏で。
新しく出会った友達らにもけして言う事もなく、見せる事もなかった。
そんな中、俺はあっちゃんに単車の乗り方を教える事になった。
頼まれたんだ。
あっちゃんは総長なのに単車の運転がそんなに上手ではなかった。
さすがにチームの奴等に自分の格好悪さを見られるのは気が引けたようで、俺と練習をするようになった。
俺は仲間ではなかったから、頼めたんだろう。
暇つぶしにはなったが、そう思うとどこか寂しいものはあったね。
友達以上恋人未満のような寂しさ。
俺にはあっちゃんに対する対抗心もあった。
あっちゃんは総長ってだけでなく、物凄い数の男達に慕われているカリスマだった。
俺は元特攻隊長ってだけで、ヘマやって全て失ってる男。
ここからこいつをまくってみたいという意識があった。
だから何となく自分でも壁を作っていたように思う。
そんなある日、単車の練習がてら立ち寄った街はずれのコンビニで俺達は一服をした。
タイヤ止めに腰をおろしてさ。
するとおもむろにあっちゃんがこう言った。
「元気出しなよ」
「はぁ?」
唐突過ぎて何の事か分からなかった。
「元気ならいいんだけどさ」あっちゃんはそう続けた。
「何だよ気持ちわりぃ」
何だか心の奥を覗かれたような気分だった。
そしてあっちゃんは言った。
「チームの奴等(仲間)といると、ちょっと気合い入れてなきゃいけないじゃん?」
「まぁなぁ」
「たっちゃんと居ると楽だわ」
それは俺が第三者だからであって、他人だからだ。
トップに立っている人間は孤独なものだから。
そう思って、俺は「あっそ」と言った。
あっちゃんは「弱みを見せられるのってさ、親友って奴くらいじゃん」と言った。
そう言った上で、俺を見て満面の笑みを浮かべた。
こいつも丹至と同じで、こっ恥ずかしい事を容赦なく言える男だった。
友達でも仲間でもなく、親友。
俺と丹沢敦司の間に、何か特別な事があった訳ではない。
しかも、知り合って間もない。
それでも、この男は俺を親友と言ったのだった。
俺も動物みたいな男だけど、丹沢敦司もある意味動物的なところがあって、不思議と波長が合ったのだろう。
「何だよ気持ちわりぃな」
俺が言った。
その後、単車のスパルタレッスンが妙に丁寧になったのは言うまでもない。
井口達也
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