※『チキン 第二部 狛江愚連隊篇』序章① を読んでからどうぞ★
龍の尻尾を遠くに眺めながら、俺は興奮を抑えるために何度か深呼吸した。
そして寒さと武者震いで声が震えないように腹に力を入れながら言った。
「思ったより大したことねーな。まわり込んで正面からぶっ込んでみねー?」
「はぁ? 三〇〇台はいたぜ。殺されるっつーの!」
後ろから明人がツッコんだ。
明人はさらに続けた。
「どうせこれから木戸蔵とタイマン張れんだからよぉ、焦るんじゃねーよ」
明人の言う通り、俺はある男の手引きでまだ会ったこともない木戸蔵とタイマンの約束をしていた。
「んなことよりよぉ、どうだった? ん? ん?」
俺たちは明人の提案で、喧嘩の前にここに立ち寄っていた。
イヴの夜なのに喧嘩だけじゃ虚しいと言い張る明人が、せっかくだからきれいな景色を俺たちに見せたいと説得した。
クリスマスに暴走族が集会を開く「クリスマス暴走」というのはよくあるが、明人はこれから喧嘩という時に景色を楽しもうとするロマンチストであり、自分のことが大好きでしょうがないナルシストだ。
そんな明人に俺はわざと皮肉を込めて棒読みで答えた。
「きれいだったなー。ほんと明人のおかげだわー。あーよかったよかった」
実際にはかつてないほどの迫力ある光景に興奮して見とれていたくらいだし、明人には感謝していた。
「ニヤニヤしながら言ってんじゃねーぞコラァ。こっち向いてみろよ」
これでいいのだ。
天然気味の明人に嫌味が通じてホッとした。
そこで太地が話し始めた。
「それにしてもよぉ、木戸蔵の単車、マジでケッチだったな……カワサキ乗りに悪い奴はいねーはずなんだけどな。ああいう奴が乗っちまうとせっかくのケッチも台なしだな」
ここにいる誰もが木戸蔵に対して良いイメージを持っていなかった。
明人が笑いながら答えた。
「猫好きに悪い奴はいねーみてーに言うなよ。そもそも暴走族やってて悪くねー奴なんていねーよ。つーか太地もカワサキ乗ってんじゃん。しかもパクったやつ」
少し考えて太地が「なるほど」と言わんばかりに目を見開いて手をポンと叩いた。
妙に納得されて明人は嬉しいのか恥ずかしいのか俯いて煙草に火をつけた。
カワサキ好きの大地は話を続けた。
「ケッチ渋かったなー」
明人は煙を吐きながら一言だけ答えた。
「ダッセェよ」
敵が乗った単車だからということだけではなく、派手好きな明人からしたらボディが白の時点で好みではなかった。
「カッケーよ」
俺は太地に同調して明人を黙らせようとした。
「地味すぎんだよなー。達也のもなんとかしろよ」
明人は俺の単車を見ながら言った。
またか、と思った。
俺の単車はホンダのCBX550Fインテグラで、暴走族を始めてからこれが三台目だった。
前に乗っていた単車は逮捕の際に証拠品として押収された。
俺はインテグラの車体をシンプルに真っ白に塗装していた。
まわりがド派手な単車ばかりだから逆に目立っていたが、明人は何かにつけて俺の単車を派手にしたがった。
「俺は下品な色は嫌いなんだよ」
「ビッとしようぜ。塗ってやろうか?」
暴走族はいつの時代も、いかに目立つかに命を賭けている。
単車は直管マフラーにするのは定番中の定番、ド派手な塗装、布たれ風防かロケットカウル、「三段シート」と呼ばれる反り上がったシート、ツッパリテール、絞りハンドル、アップハンドルなどなど、細かく挙げ始めるとキリがない。
風防やハンドルの角度、パーツのメーカーにまでこだわるのが暴走族。
あらゆる改造を組み合わせながら世界に二つとない単車を作り上げる。
仲間が集まって協力しながら改造することも多く、それも愉しみの一つだ。
そんな単車乗りが言われて一番嬉しい言葉は決まっている。
「格好良い」だ。
シンプルだがこれ以上の褒め言葉はない。
心血を注いで改造した単車を「カッケー!」と言われて喜ばない単車乗りはいない。
「渋い」もそれに匹敵する言葉だが、ギラギラに眩しく、原型を留めないくらいに改造された単車を見て「しびぃー!」は、なんとなく合わない。
派手さと渋さを兼ね備えるのは難しい。
単車を褒めるときは、やはり「カッケー!」が間違いない。
単車の改造には乗り手の人格が出る。
だからたとえ仲間内であっても他人の単車を否定することは、喧嘩を売っているに等しい行為だ。
単車好きの口論は終わらない。
ツッパリたちはまさしく自分をツッパリ通すので、ホンダ派とカワサキ派の口論が喧嘩に発展することだってある。
ヤマハ派とスズキ派が参戦すると四つ巴の論戦が果てしなく続く。
興味のない者にとっては、まるでコカコーラ派とペプシ派、マクドナルド派とモス派の終わりのない議論のようにどうでもいい話だ。
とにかく自分の命を乗せて走っている単車と、そのメーカーが一番じゃないと気がすまないのだ。
すっかり緊張が解けた俺は、いつもの話が面倒臭かったので、自分の単車を馬鹿にされたお返しに明人に禁句を放った。
「んなこと言ってっと乗せてやんねーぞコラァ」
実は明人は暴走族なのに運転ができないという決定的な弱点があった。
いくら練習しても一向に上達せず、毎回誰かの後ろに乗せてもらっていた。
明人はしょんぼりしてしゃがみこんでしまった。
そして舌打ちをして煙草を地面に押し付けた。
いつものことだ。
オモチャを取り上げられた子供のようにふて腐れてしまう。
そして、乗れよと言うと目を輝かせるのが恒例だった。
勝った!と思い、俺は煙草を吸おうとした。
その時だった――煙草を持った手を思わず二度見してしまった。
さっき胸ポケットから取り出した煙草のソフトケースを無意識のうちに握り潰していた。
きっと関東暴走連合が通過した時に、つい力が入ってしまったのだろう。
こんなのを見られたら明人に何を言われるかわからないので、クシャクシャになった煙草を下の路面に向かって放り投げた。
するとすぐに「ほらよ」と言って、顔中絆創膏とガーゼだらけの森木が煙草とジッポを投げてくれた。
「お、サンキュ」
こういう時は森木に限る。
気が利くし、痒いところに手が届く男だ。
寒さで手がいうことを利かないので、両手でゆっくりジッポを開け、煙草に火をつけた。
フーッと一息煙を空に吐き、俺はみんなの顔を順に見まわした。
~『チキン 第二部 狛江愚連隊篇』序章③に続く~
(^井^)
「あと二回位に分けて
序章はアップ完了予定。
それと、
今日は読者のラム
誕生日おめでとう★」
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