浜田へ (球状塞栓物質開発秘話) その1 | S.H@IGTのブログ

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大阪府泉佐野市にある、ゲートタワーIGTクリニックの院長のブログ

大学で助手と呼ばれていた頃、何かの研究をしなければとプレッシャーに押しつぶされそうになりながら開発した球状塞栓物質のお話です。

長い話になりそうなので誠に恐縮至極ですが、もしご興味があればお付き合いください。

 

 

研究者の端くれのつもりでいたので何かの研究テーマが必要だった。

肝臓がんの患者さんの動脈塞栓術を行いながら、治療効果は良いのに副作用で悩む患者さんを見続けていた。

副作用が少なくても効く方法は無いのかといつも考えていた。

フランスでメルラン教授にマイクロカテーテルの使い方を教えていただき、体中の何処の血管にもアプローチできるような技術を得ることができていた。

まさに天恵であったが、もっと安全な詰め物がなければ、その恵みを生かせない。

そんな事情もあって、大それたことに『新動脈塞栓材料の開発』を研究テーマをとした。

 

とはいえどんな材料が動脈の流れを止めるのに適しているのか、文献で調べても特段面白そうな材料もなく、これらを使って実験していても、これはと思える材料にも出会うことができずにいた。

そんな中で、たまたま立ち寄った放射線技師の控室で高吸水性ポリマーと出会えたのは天啓であったと言わざるをえない。

 

高吸水性ポリマーの原材料は住友化学の製品であった。

中之島の本社を訪れ、私の研究の目的を説明し材料提供を申し込んだ。

でも数々の理由で研究はおろか、材料は絶対に会社から提供できないという。

そのころ紙おむつがはやりはじめ高吸水性ポリマーはどんどんと売れ始めていた。

そんな材料が医療に使われて副作用がでて悪い評判が立てば、紙おむつが売れなくなると言われた。

困っている患者さんがたくさんいると食い下がる私に、会社の方針ですから共同研究の可能性はありませんと断言された。

あまつさえ私の研究と住友化学は全く関係ありませんという誓約書まで書かされた。

こんな悔しく屈辱的な思いは後先に数度しかない。

やるせないほど悲しく、絶望と怒りの気分でいた私はどんな顔をしていたのだろう。

住友化学の対応してくれた人がそんな私に一言、

『廊下に紙袋が落ちていました、、、 勝手に拾われたとしても、私共何も見ておりません。』

そう言われて、私を一人残して部屋を出てゆかれた。

部屋の出口に置かれた社名の書かれていない紙袋の中に、何袋にも分けられた幾種類もの高吸水性ポリマーの原材料が入っていた。

私はその茶色の袋を大事に抱え、住友化学の本社ビルを振り返り振り返り、大学への道を引き返した。

 

戴いた材料の物性研究をしながら、畑違いの工学関係の人達に随分と助けられた。

特に材料を精製するための器械や滅菌するための器械など、特殊な装置を選ぶとき、適切な意見を戴いたのは本当に天の助けであったと思う。

 

政府の科学研究助成金も受けることができ、高額な研究機器も手に入れることができた。

その研究費を使い基礎実験として動静脈奇形の血管モデルを作り、様々な高吸水性ポリマーの組み合わせで、血管モデルの血流を止めることができることも立証できた。

 

慣れない動物実験であったが、中国からの留学生が週に一度、ウサギの実験に協力してくれた。

器用な彼のお陰で犠牲になった日本白ウサギの数は最小に抑えることができた。

今までの塞栓材料に比べ組織の障害が少ないことも、目標とした太さの血管だけを塞栓できることも動物実験で証明できた。

これらの研究で患者さんに使っても問題はないはず、とすっかり自信を持つようになっていた。

それに体中の動脈にマイクロカテーテルを入れる技術は普段の診療で磨き続けていた。

しかし、簡単に臨床使用などできるはずもなかった・・・・・。

 

研究を始めてからもうすでに7年の月日が流れていた。