そのレストランは小さなビルの4階にある。
窓際のカウンター席が特等席になっている。
窓のすぐ下は松林の公園で、そのすぐ向こうから海が始まる。
内海なので波が浜辺に打ち寄せることはなく、のたりのたりの海の風景が視界いっぱいに広がっている。
いいお天気だと波のキラキラがまぶしく光が賑やかだ。
時々、網を引いているのだろうか、小さな漁船がゆっくり浜辺の近くを横切って行く。
その向こうに関西空港が見えて、長い長い白い屋根が光りながら何となく弧を描いている。
その前の滑走路からひっきりなしに飛行機が飛び立ってゆく。
滑走を始めてすぐに急角度で上がってゆくのは、近距離の国内線だ。
ゆっくり上がってゆくのは遠距離の国際線で、燃料をいっぱい積んでいるからだ。
そのずっと向こうに、淡路島の低い山波が続く。
南の端の山が消えるあたりに紀淡海峡が見え、晴れ切った日には海峡越しに四国の山も見える。
このレストランの窓際が私の大好きな場所の一つだ。
だが、このレストランのメニューには定食しかなく、他に選択の余地はない。
おまけに座席は窓際のカウンター席しかない。
食事が出てくる時間は、レストランのスタッフが決める。
隣の部屋でチーンという音がすると、間もなく扉が開いて食事が出てくる。
『はーい、センセ、やっと食べられますね。』
スタッフの本職は看護師で、外来患者さんが途絶えた僅かの隙間に素早く給仕してくれる。
定食は、近くのお店の仕出し弁当で370円らしいが、イケル(期待していた以上によいという大阪弁)。
後ろを振り向くと、そこには少し大きめの机とその上にはパソコンのモニターが3つも並んでいる。
さっきまであそこにいた時みたいに、眉間にしわを寄せたり、貧乏ゆすりしたり、頭をゴシゴシ掻いたりしない。
景色を見ながら、ゆっくり食べる。
もう、さっきまでのことはなーんにも考えないようにして、視線の先は遥か向こうの関西空港だ。
実は、海辺のレストランのお客は私一人ではない。
このビルは、どの窓からも海が見えるようにできている。
クリニックの金庫番なんか、3階の事務室の窓際に陣取って、景色を見ながら食べている。
でも私との違いはとても大きい。
私の食べているのは仕出し屋さんの弁当で、彼が食べているのは愛妻弁当だ。
『へへッ』とか言いながら、弁当の蓋を開けている。
遠くを見ながら時々、ニタッて笑ったりする。
何考えてんだろうと思わなくはないが、きっと私とおんなじで、この景色に癒されながら、
『今月も何とか回せたかなー』、なんて幸せな気分になっているに違いない。
5階にはクリニックの病室があり、どの窓からもおなじ景色が見える。
きっと患者さんだって、窓から景色を見ながら、なーんにも考えないでお昼ご飯を食べているのだろう。
クリニックの給食なんか美味しいはずはなさそうだけど、この景色はどんな食べ物もおいしくしてくれそうだ。
夕方には同じ窓から天体ショーのような夕焼けが見える。
世界で一番夕陽がきれいなクリニックといつも自慢していて、クリニックの特効薬だと言ったりしている。
料理の内容はともかくとして、ここはクリニックじゃなくて海辺の夕焼け展望レストランだと思ってもらえれば、、、なんだか病気も自然に治ってしまうようなことにならないかと・・・、
医者にあるまじきことを考えたりしている。