一寸法師のカテーテル治療 | S.H@IGTのブログ

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大阪府泉佐野市にある、ゲートタワーIGTクリニックの院長のブログ

飛行機の設計技師を諦めて医者になろうと思ったのは高校3年生の秋であった。


YS-11を作っていた日本航空機製造と言う会社が無くなったのを理由にしていたが、どうも数学が苦手だったのが本当の理由なのかも知れない。


その時よりもずっとずっと前、小学生の高学年か中学の頃だったかと思う。


がんを殺すには、がんの上から『お椀』を逆さまにして抑え込み、『お椀の縁』でがんに栄養を送る動脈をギュッと押さえれば、がんを栄養する血流がすべて止まり、がんが死ぬのではと考えた。あれはトイレの中で考えたのは間違いない。その記憶と四角く切ったわら半紙よりずっと色の黒いざらざらの落とし紙の束が、私の頭の中ではセットになっている。


それから幾星霜、その記憶に導かれた訳でもないだろうが、がんの兵糧攻めの医者になった。

駆け出しの頃、色々な病院でカテーテルの腕を磨き、フランスでも勉強しマイクロカテーテルも自分で作ったりした。

動脈の流れを止める塞栓材料も、何十匹のウサギの命と引き換えに完成させた。



我が友、JMVJean-Marie Vogel)と知り合い、関空すぐそばのゲートタワービルにIGTクリニックを作った。

IGTとは、Image Guided Therapyの略で、私が勝手に師匠と思っているエール大学のホワイト先生が名付け親だ。

CTMR、血管造影の画像を頼りに、動脈内にカテーテルを進め、がんの近くまで到達し、がんだけを治療しようという意味を込めている。

その頃IGTと言う名前は珍しく、試しに商標登録してみたら認められてしまったので、この商標はもう誰も勝手には使えない。

でも患者さんにはなかなか難しいらしく、『IGTって、泉佐野ゲートタワーですか』と聞かれたりする。


この治療はまだ世の中で広く認められた治療ではないので、世間では統一された呼び名もない。

この治療を血管内治療と呼ぶ人も多くいる。

でも、この言葉は血管を内側から広げる治療を専門にする人たちに占有され、血管を詰める我々には分が悪い。

IVRと言う言葉があり、医者仲間ではアイブイアールとよぶ。

これは、Interventional Radiology の略でアメリカ発の言葉なのに、中国人は正確に『介入治療』と訳した。

でも、日本人は誰も介入治療とは呼ばない。 

アメリカではこの言葉を更に縮め、IRと呼び始めている。

これは一時期流行ったアメリカの医療ドラマのERに向こうを張ったに違いない。

更にIOとも呼ばれ始め、Interventional oncologyの略で、外科でもない、内科でもないがん治療のことだが、なにやらコウモリの気分と言えなくもない。

最近ではどうもカテーテル治療と言う言葉が、流行りだしたらしい。

昔からある言葉だが、実態を良く表しているようなので、当院の治療を説明するときは、カテーテル治療にしようかなと思い始めている。



このカテーテル治療を本格的に始めて十年以上経った。

『お椀の縁』で血管の流れを止めることは簡単ではなかったが、その代わりカテーテルが進歩し、それに近いことができるようになった。

『お椀の真ん中』のがんは抑え込めないのだが、そのままだがやがてだんだん小さくなり、事なきを得ることもある。

抗癌剤も少しだけだが、カテーテルから注入し、お椀の中心の腫瘍に効かせるので更によい。

包丁も使わず、お椀の外には抗癌剤もこぼれ出さないので、体には優しい治療であり、治療で命を縮めることもない。




来年、りんくうタウンにお椀のような建物ができて、そこに移転する計画を立てている。


一寸法師のように、今度はお椀の中でゆっくりとがんを退治できる方法を考えて、将来は立派な侍になれたらいいね、と思っている。