先月末

長年闘病生活をしていた父が亡くなりました

定年して大好きな農業に力を入れると息巻いていたときに

病気になりそれから長かったです

告げられた病名は普通にある病気で

まあ、年だし兄妹もみんなこれになって亡くなってるし

これで済んでよかった と思っていたのに

なぜか治療してもだんだん進んでいく。

母も最初は仕事を続けていて父はうちで過ごす日々

出来たことが出来にくくなり、隣に回覧板を届けに行って

転倒し、発見されるまで倒れたままだったり

転倒する回数が増えていよいよ母も介護のために仕事を止めました

定期的に病院に行っているのに 同じ病名、同じ治療。

たまたま帰って付き添いに行ったときに

院長先生に入院しての治療が必要と言われそのまま入院。

母が外出中でとにかく着替えとかの用意をしてまた病院へ。

後日、どんな治療なのかなんで入院なのかを知りたいと看護師さんに話して私は帰りました。

次の日に、母に院長先生が説明したときに言ったことが今でも忘れられないです。

「なんかうっせーのがいるみたいだから」 

これは母から聞いたので実際に私はその場に居なかったです。

この病院はだいだい老人が最後にお世話になる所です。

大手総合病院は治療が済めばすぐ退院させられるので。

なので家族もみんな先生の言った通りにしていて質問なんてする人がいないみたいです。

私はただ普通に知りたかっただけだし、とくに問い詰めたわけでもなく

普段でも普通に聞いてることなのに。っていうかこれみんな聞くよね!

嫌味を言われても母は苦笑いしてそのまま受け止めていました。

だから田舎は!って言われるのはこういうとこもありますよね。

そんなこんなで、症状は進み自由が利かなくなり ますますあやしいな と思っていたら

外部から月2くらいで来てくれる先生に 総合病院での検査をすすめられ

本当の病名がわかりました。

いわゆる難病らしく似た症状の病気の薬で代用。進行はとまらないけどゆるやかになるとか。

結局自由が利かなくなり寝たきりになりました。

毎年、いつ亡くなってもおかしくないからと家族ではなしていたのですが

逆にお見舞いにきてくれていた友人のほうが先に亡くなりました。

なんだかんだと長生きできたのは母がいたからだと思います。

大変だからと、ケアマネージャーの方やデイサービスの人にも気をつかってもらいながらも

ギリギリまで面倒をみていて多分早く入院していたら長生きできなかったでしょう。

もっとちゃんと書きたいのですが長すぎるのでこのくらいにします。

もうすぐ誕生日で78歳でした。

住職がいうにはお墓には80歳で書くそうです。