外国語学校の主任をしていたSNが、ビジネスの世界に「武者修行」にでる決心をしたのは、当時盛んになりつつあった社会人英語や企業研修がきっかけでした。



「海外の取引先と会った場合、このようにします。」とか「このビジネス表現はこうです。」とか、テキストをもとに、社会人の方々にビジネス英語を説いていても、自分に実務経験がなかったので、「机上の論」、説得力に欠けました。



自分をビジネスの場に置くことで、様々な実体験を積み、将来、この二つの体験を融合させるべく英語教育現場に戻ってこよう、と転職を決意しました。



と言っても、会社での実務経験のない私にとって、ビジネスの世界の門戸を開くことは容易ではありませんでした。



「実務経験がないので、紹介はできません。」といくつものエージェントに言われました。



そんな中、イギリスで上場しているマネジメント・コンサルティングの会社が日本にオフィスを開くということを知り、応募しました。その会社は自社独自の研修プログラムがあるので、経験の有無よりも個々の資質を重視するという方針だったので、入社することができました。長時間勤務で出張が多く、かなりきつい仕事でしたが、そこでビジネスや経営について多くを学びました。



その会社は、当時としてはまだ珍しい「男女平等」を唱っていて、会社の雰囲気も男女の差別はありませんでしたが、プロジェクト・マネジメントとなると女性にはあまり機会与えられませんでした。「お客様が、女性のプロジェクト・マネージャーに対して違和感があるから。」というのがその理由だと説明されました。



女性に対する目に見えない壁を感じていたころ、メンターだった米国人の副社長が言いました。「この会社は、2年後に100%日本資本となる。そうなると、日本人男性の天下だ。自分の将来を考えるんだったら、いまから転職を考えろ。」


それをきっかけに転職活動を開始し、2年後に「これ!!」と思う会社に、セールス&マーケティング マネージャーとしての職を得ることがきました。この会社も、経験よりも資質を重視する会社で、資質の高い人は、それまでの経験を新たな環境に応用し、職務をこなすことができる、という方針の会社でした。少人数ですが、チームワークとチャレンジ精神で、多くの困難を回復し、とても楽しく仕事ができました。最終的には、事業部の統括部長として、商品開発や法務関連も含む様々な経験を積ませてもらいました。この経験は、大きな財産となっています。


「セクシャル・ハラスメント」という言葉が社会で認知されてきたころ、上司が変わりました。今思えば明らかな「パワー・ハラスメント」、あの心労は、被害者にしかわかりません。1対1の密室で理不尽なことを言われます。少しでも説明しようとすると怒鳴りちらし、手が付けれなくなります。結局、黙ってきくしか手はありません。そして、他の人に相談しても、密室でしかそういった面をださないので、人は信じてくれません。そして、一人やめると、次の犠牲者をみつけ、同じように密室で攻撃をする。その上司の場合、5人いた直属の部下が1年で4人やめました。残った一人は、営業で外回りが多かったのと、英語ができなかったので、その外国人上司と直接2人で話すことがなかったのが幸いしたようです。


ちなみに、パワーハラスメント上司に、国籍は関係ありません。日本人上司からも同様の精神的苦痛を受けたことがありますし、同僚が他の日本人上司から同じような目にあうということもありました。

仕事でプレッシャーを与えられると安易に「パワハラ」という言葉が使われたりしますが、本当のパワーハラスメントは、実施する者の精神的病として海外では認知されているそうです。日本では、まだパワーハラスメントの定義があいまいで、その認知が低いのが残念です。

その後、セールス・ディレクターやデザイン事業部部長、店舗運営部部長などを経験しましたが、赤ん坊のころの股関節脱臼の影響で歩くのに支障が出始めたのを機会に、教育現場へ復帰するタイミングと考え、今に至っています。