1「自分が死んだら」を想像する~自分が死んだらどうなるのだろう~
どんな生き物でもいつか死をむかえます。人間も同じ。それは、生きるものの宿命です。
この絶対普遍は、宗教や学問を紐解かずとも、まして、私が言うまでもなく、どなたでもわかっていることです。
だから、自分が死んだら、残された家族や親族や親戚にも、深い悲しみのほか、大きな影響が及ぶことになるのは、容易に想像することができます。
自分の死は、自分だけの問題ではなのです。
愛する家族に、自分が死んだ後の面倒なことをさせたくないという気持ちが少しでもあるのなら、元気なうちに、そうならないための準備をちゃんとしておく必要があります。
「そんな自分が死んだ後のことなんか知るもんか」、「まだまだいっぱいやりたいことがあるのに、そんな縁起でもないこと考えられるか」という方も少なくないでしょう
じゃ、いつその準備をするのでしょうか?
「そういうことは、もう死ぬんだという時に考えればいいんじゃないか」と思われた方は、少なくないことでしょう。
しかし、あなたの身体が衰弱してしまって、病気のことで頭がいっぱいで、治療や不安、恐怖などで頭がいっぱいの時に、はたして自分の死んだ後のこと、残された家族のことなどを考える余裕があると確信できるのでしょうか?
まして、元気であっても、いつ交通事故に遭ったり、自然災害の犠牲になったりして命を落とすことにもなりかねません。
人間は、死を免れることができない。しかも、その死はいつ自分の身に起こるかわかりませんし、明日の朝かもしれません。
毎日の新聞、テレビのニュースを思い出してください。
震災、交通事故、スポーツ中の事故、火事、事件、水難事故・・・・もう悲しい記事がない日はありません。
この記事の中で、進んで死を選んだ人は非常に少ないはずです。
死という最悪のケースでなくても、重症や重傷になり、健常な状態で、自分の考えを残すことができない状態になってしまうかもしれないのです。
そうなった時、自分の想いを残すことはできるでしょうか。
苦しい中で、自分の死んだ後のことに思いを寄せる余裕があるでしょうか。
病気であれば、それに対する治療に全力を注ぐだろうし、
ケガであれば、痛みに耐え、まだまだ生きるんだという気持ち、リハビリにがんばるんだという気持ちで、精一杯なはずではないでしょうか。
だからこそ、いつ上記のような事態になっても、自分の考えや想いを、適切な形である遺言書で、家族に伝えることができるようにしておくことが大切なのです。
つまり、遺言書は作成できる時に書いておくべきものなのです。
まだいいか、と思った時こそ、書いておく時期と言えます。
人間は、他の動物とは違って、社会生活を営んでいます。