・昔友だちと遊んだ時にお話した内容

・親と見に行った映画のストーリーや内容

・子ども時代の食事内容

 

これらの「何をしたか」「何を話したか」など細かいところを覚えてはいないかと思います。

でも、

・友達と一緒にいたとき楽しかった

・親と一緒に映画に行けた、優しくしてもらった

・毎日みんなで食卓を囲んで話していた

これらの「感情」「事実」は忘れません。

 

精神科病院では現在、認知症の患者様が急増しています。

認知症の方々は記憶に障害があり、つい最近のことは思い出せない(処理できないも含む)方も多いのですが、不思議なことにそこで感じた「感情」は残っている方が多いと感じます。

 

例えば、優しい口調で接してもらったら、その話した内容などは忘れても「優しくしてもらった」ことは覚えている。

逆に冷たい目線を感じたときは、そこでやりとりした具体的な内容は忘れても「冷たくされた」ことは覚えている。

話した内容が正しいか正しくないかではなく、「何を感じたか」が残る。

 

これは、認知症じゃない方も同じなのではないかと思います。

はじめに上げたように、学生時代に友だちと話した内容は忘れても「楽しかった」ことは覚えている。

親と話した内容や食事内容は覚えていないけど、たくさん話したことや毎日のように食卓を囲んで過ごしたことは覚えている。

 

「いつでも人には親切にしなさい。それが人生で一番大切なことです」

反ナチ活動に身を投じ処刑された教育学者アドルフ・ライヒヴァインが、処刑される4日前に11歳の娘に残した言葉です。


「どうせ忘れるから」は事実ではない。

「何を感じたか」は、ちゃんと心の奥底に確実に残ります。