ーー私は民を選ぶわ。貴方は私がいなくても、前に進める足があるもの。

ねぇ、だから、許して。それがきっと…私がするべきことだからーーー


星一つない空に浮かぶ満月の宵。雪のように降る、白い梨の花が地面を埋める。

その花びらを踏まないように、足を滑らすように去り行く彼女。全てを愛し、ガラス細工を触るように、そっと、優しく包み込む彼女自身の人生を表していた。

劉はそんな彼女を愛しく想っていたし、護りたいと思っていた。

けれど、そんな清廉潔白な彼女を観ていると、紅黒い沼に立つ自分に心底嫌になった。

どんなに綺麗な水で体を清めようと、澄んだ空気で心を洗い流しても、ギュッと握りしめた掌を開けば紅い紅い血に染まる命を奪う側の手。


彼女が最も嫌い、蔑む存在。

それでも互いに引かれ会瀬を重ねた。


今日まではーーーー


劉の頭の上に梨の花が積もる。真っ白に染めていく。

彼女と共にいることで、紅から白く変わることができれば良い。何年経ってもかまわない。

彼女の傍でいられるならーー


でも、もう、叶わない。


紅から白くなることなんて無理なことだったのだ。いくら白い絵具を混ぜても白に近い紅であるように、一度紅く染まった劉にはどうしようもない。


ならば、紅く染めるしかないのではないか…。

そんな歪んだ考えが頭によぎるも、頭を振り追いやる。



頭より体が先に動いた。
彼女の折れそうな細い手首をがっしりと掴んでいた。



「ーーをくてれてやる。だから、俺のそばにいてくれ!」



咄嗟に出た言葉だった。でも「ーー」を彼女に捧げても良いと思ったのは嘘じゃない。


振り返った彼女は、猫のように目を丸くしていた。一拍して小さな溜め息を付くと、泣き出しそうな顔で微笑んだ。


梨の香り。星一つない満月の宵。虫の鳴き声さえ届かない、日常から切り離された空間に迷い込んだ錯覚に陥る。


そのまま目覚めなければ、甘い夢に浸っていられるのに、それを太鼓を掻き鳴らすような心臓の激しい脈動が現実だと知らせる。

バサリと大きな羽音がした。後ろにある梨の木に闇色の鴉がこちらを見つめるように
とまっていた。


「…三本脚の鴉」

声を出したのは彼女だったのか、自分だったのか。ただ目の前の鴉から目が離せなくなっていた。

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時々、こうして物語のワンシーンのような、でもそれよりも拙い話が私の中で降ってくる。


たた共通することは、どれも薄闇の中にある悲しい話。

そして登場するキャラを愛しく思いながらも、最後まで書き終えることもなく終わる。

物語を紡ぐ作者たちは凄いと改めて感じた彼名でしたーーーー終